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4. 経営戦略について
 経営課題を解決するためには、個々の企業努力により解決されるべき問題と、業界として取り組むべき問題とがある。
 今回の経営基盤強化計画の内容は、(社)地方小型船舶工業会が構成員である造船業者と一体となって行なう、業界共通の課題に対する事業である。従って、業界として取り組めること、各企業が事業基盤を固めるための土台造りに資するものであることが必要である。
 前記2小型船造船業界の実態調査及び3中小造船業の収益動向で挙げた問題に対する方策を考えてみる。
(1) 企業収益悪化への対応策
 内航船及び漁船の需要回復の見通しが立たない今日、収益が悪化している当業界において、各企業がとれる方策としては、[1]新製品の開発による市場の拡大や新たな市場の開拓、[2]コストの削減が挙げられる。
 これらの方策の具体策として、以下の方法が考えられる。
[1] 新製品の開発による市場の開拓
・ 船舶のバリアフリー化の推進
その他にエコシップの開発、プッシャーバージの新技術の開発等が考えられる
[2] コストの削減
・ 技術、作業マニュアルの作成
・ 人材登録システムの構築
・ インターネットによる情報活用
・ 設計及び部材切断加工システムの構築
(2) 公害・廃棄物処理問題への対応策
 公害・廃棄物処理に関する問題を解決するためには、多くのコスト及び時間を要する。
 これらの問題に対し個々の企業で対応するのは難しい。
 しかし、これらの対処方法を業界として取り組めば、各企業にかかる負担も軽減される。業界として取り組むべき方策を以下に挙げる。
・ FRP船の解体及びFRPのリサイクルのための研究開発
・ 周辺環境対策
・ サンドブラスト作業方法の開発・改良
・ 船体塗装方法の開発・改良
・ 廃棄物処理方法の見直し
 これらの対応策は、1つの課題解決のためだけではなく、複数の課題解決に適用できる。例えば、環境対策であっても開発した製品が新たな市場を開拓する可能性があるなど、活用の仕方によって様々な効果が生まれるものと思われる。
 なお、当業界が現状を打破し新たな発展を模索していく上で
 [1] これまでの市場に新技術で対応する
 [2] 自らの技術で他産業の市場に参入する
 [3] 新しい技術を身につけ新市場を創る
といった3つの方向性が考えられる。
5. 対応策について
 「4経営戦略について」で挙げた対応策につき、以下で説明を加える。
(1) 企業収益悪化への対応策
[1] 新製品の開発による市場の拡大
「船舶のバリアフリー化の推進」
 日本の高齢化は急速に進んでおり、介護・福祉に対して関心が高まっている。これを受けて、平成12年4月に介護保険法が施行された。
 さらに、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(交通バリアフリー法)が平成13年3月1日より施行され、海上運送法により一般旅客定期航路事業を営む者が平成14年5月15日以降新たに事業の用に供する船舶で、5t以上のものについては、原則として「移動円滑化基準」(高齢者、身体障害者等が独力で船舶への乗降や船内移動を行えることを目標とする設備及び構造の基準)を満たさなければならなくなった。
 これら船舶のバリアフリー化に対応するため、当業界としては次の点に取り組む必要がある。
 1つは、一般的な福祉機器・用具業界の動向にも関心を持ち、情報収集を行うこと。
 2つは、船舶のバリアフリー化に注力すること。
 このバリアフリーに対するノウハウの蓄積は、造船以外の新たな分野においてもその技術を活用することを可能にするものと思われる。
 予想される支援策はP27[3]試験研究関連税制、P29[4]事業所税の非課税措置である。
(注) 現存船にはバリアフリー化の義務はない。バリアフリー化のための改造を実施する場合、各種助成措置があり、船主への積極的な広報活動も必要であろう。
[2] コストの削減
「技術、作業マニュアルの作成」
 作業マニュアルの作成は、作業工程を洗い出し見直すことで、工程の簡略化や作業手順の変更等、生産性の向上を図る契機となる。
 さらに、作業手順のマニュアル化は、造船業における特殊な技術・ノウハウを若年労働者に承継していくために必要であり、作業工程別のマニュアルまたは指導書を作成することにより、若年労働者の教育期間の短縮、教育の効率化を図ることができる。
 また、熟練労働者の技術を数値等に置き換えることにより、その技術を標準化、機械化することができる。
 予想される支援策はP27[3]試験研究関連税制、P29[4]事業所税の非課税措置である。
「人材登録システムの構築」
 当業界は仕事の繁忙期・閑散期の格差が激しいため、効率の良い人員体制を構築する必要がある。そのため、人材情報等をホームページに載せ、人材登録システムを構築することによって、常時必要最小限の人員を確保し、人員が必要なときに必要なだけ確保できるような体制を築く必要がある。さらに、そのシステムを構築することが、企業体質の強化にも繋がることとなる。
 なお、人材登録システムの構築にあたっては、次の点に留意する必要がある。
 1つは、個人のプライバシーの保護である。国は、個人情報の保護を目的とした基本法の制定を進めており、求職者の個人情報を扱う場合には、特に個人のプライバシーの保護に留意すること。
 2つは、人材登録システムの運用が、職業安定法に規定する職業紹介事業に該当するか否か、また、該当するとして、有料職業紹介事業か無料職業紹介事業か等について、事前に整理しておく必要がある。
「インターネットによる情報交換」
 各(社)地方小型船舶工業会事務局にサイトを開設し業界内の情報だけでなく、上記人材登録システムの求職者情報、各種補助金・助成金等の情報、入札情報等の情報発信サービスを行う。これにより、各会員企業は様々な情報を享受し得ることとなる。
 また、インターネットにより双方向の情報交換、つまり会員企業からの要望や意見の交換が可能となるなど、情報をタイムリーかつ有効に活用することが可能となる。
 因みに、平成9年度の実態調査でみると、パソコンを所有している企業は130社に満たないなど、パソコン等の機器が入っていない造船所も多く見うけられるが、パソコン等の機器の導入により、顧客情報のデータベース化や管理部門の合理化、省力化を図ることが可能となることから、経営基盤強化を機に積極的なパソコンの導入、活用を検討する必要がある。
「設計及び部材切断加工システムの構築」
 現在、大部分の小規模造船所では、設計工程の機械化の遅れや手動溶断による部材加工精度の不良・誤加工に起因する手直し工事が多発している。また、現図技術者の高齢化が進み、後継者難が業界の大きな問題となっている。
 これに対処して、当業界でも高品質の製品を提供するため、CAD/CAMシステムを利用した現図展開等図面及び関係部材の加工を当業界全体の取り組みとして行う必要がある。
 この取り組みにより、高品質な製品の提供が可能となるだけでなく、作業効率の向上も期待できる。
 予想される支援策はP27[3]試験研究関連税制、P29[4]事業所税の非課税措置である。
(2) 公害・廃棄物処理問題への対応策
 「FRP船の解体及びFRPのリサイクルのための研究開発」
 FRP船については、各種の廃船処理システムが開発されているが、実効は依然として上がっていない。これは、FRP廃船処理システムの処理費用が高いことが原因の1つとして挙げられる。この費用を低減させるための事業として、廃船を造船所等において容易に船体破砕(切断)できるポータブルな船体粗破砕機を開発し、船体粗破砕材の運搬及び処理効率を高める必要がある。
 また、船体粗破砕機のシステムに、超高水圧ジェットを用いることによって、FRP船体切断時に発生するガラス繊維や樹脂の粉塵を防ぎ、地域の環境対策にも貢献できる。
 近年、社会的にリサイクル機運の高まりを考慮すると、FRP船のリサイクルに関する試験研究は必要で、場合によっては、大学等の研究機関との共同研究ということも考えられる。
 予想される支援策はP27[2]試験研究関連税制である。
「サンドブラスト作業方式の開発・改良」
 最近、サンドブラストによる粉塵飛散によって、周辺環境に悪影響を及ぼすことが問題視されている。更に、地方自治体によってはサンドブラスト作業時においてネット・囲い等の設置を義務付ける条例を制定している。環境に対する住民意識の高まりから今後、このような条例が全国各地に広がることは確実である。
 これらを受けて、粉塵吸引装置付きブラスト機材、水ブラスト及びアイスブラスト等の新商品が開発されてはいるが、使用方法及び効率等の問題で普及していないと思われる。
 そのため、当業界でも機材メーカー等と提携し、ブラスト機材の調査研究を行い、かかる問題をクリアする新商品を開発し、普及させる必要がある。
 予想される支援策はP27[2]試験研究関連税制である。
「船体塗装方法の開発、改良」
 塗料飛沫の問題は、スプレーガン使用に起因しており、造船所は防護ネットの設置や風向きを考慮して塗装を行うなど様々な努力を行ってはいるが、塗料飛散を完全には抑えることができないのが現状である。
 そのため、スプレーガンの改良(飛散しないような装置の設置)若しくはスプレーガンに代わる塗装方法について研究開発を行う必要がある。
 予想される支援策はP27[2]試験研究関連税制である。
「周辺環境対策」
 「特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律」(以下「PRTR法」という)が平成13年4月1日より施行された。
 これに伴い、造船所は第一種特定化学物質(トルエン、キシレン等)の排出量及び移動量を把握し、事業所毎に平成14年4月から毎年度、国土交通大臣に対して届け出ることが必要となった。
 業界内部には「従業員数の足きりがありPRTR法の適応範囲外である」「算出ソフトで数字を入れて報告するだけ」との声もあるが、PRTR法の本質は、特定化学物質の排出量等の報告にあるのではなく、住民の請求により、個々の事業所がどのような化学物質をどのような状況で使用処理し、大気・土壌にどのように影響があるのかを数値で公表される場合もある。
 これからは周辺の環境保全という視点から、使用資材や作業設備等について検討していく必要がある。
 このような状況の下で行う事業としては、
○PRTR法に係る移動量・排出量等の把握、報告ソフトの開発
○第一種特定化学物質使用量削減の数値目標の設定
○特定化学物質の屋外使用を屋内使用にシフトさせる「作業工程の見直し」
○特定化学物質削減のための自主規制委員会の設置等々が考えられる。
「廃棄物処理の見直し」
 船舶修繕工事を主体としている造船事業者は、船舶建造事業者に比べ、多種多様な廃棄物が発生する特色を持っている。
 これまで修繕工事を主体としている造船事業者の多くはパイプ、板、繊維、ホース、ビニール管、プラスチック製容器、壁紙等の焼却可能なものは、自家焼却炉にて焼却等によってゴミの減容に努めていたものと思われる。
 近年、廃棄物の焼却処理が環境に与える影響が明らかになり、従来、焼却していたものも法律等により自家焼却炉で処理することが難しくなり、廃棄物処理業者により大量に委託するケースもでてきている。
 しかし、船主の中には修繕工事代金とは別途に廃棄物処理費用を負担できないこともあり、対応に苦慮する造船事業者が多い。
 この問題に対応するため、造船所が排出する各種廃棄物について適切な処理方法、処理費用の積算等を検討するとともに、合わせて、共同処理施設の設置等を検討する必要がある。
 予想される支援策はP27[2]試験研究関連税制である。
6. まとめ
 第1部では、「中小企業経営革新支援法」に基づく、「経営基盤強化計画」を作成するための素材を提供した。
 最後に2点ほど補足をすると、
(1) 経営基盤強化計画の狙い
 平成11年法律第18号として制定された「中小企業経営革新支援法」は、「経営革新」と「経営基盤強化」の2つの柱からなっている。
 経営革新の支援は、これまで中小企業近代化促進法(昭和38年制定)に基づき推進されてきた近代化計画、構造改善計画が業界全体の近代化・構造改善を目的としたのに対して、あくまでも個々の中小企業の前向きな取り組みを支援するものである。
 しかし、直ちに経営革新が困難であることから、将来の経営革新に寄与するために業界並びに個別企業に対する経営基盤の強化を支援するものが今回の「経営基盤強化計画」である。
 従って、経営基盤強化支援は、過渡的な支援措置であり、小型船舶製造・修繕業に対する業種指定は一回限り、つまりこれが最後の業種指定と考えるべきである。
 この最後のチャンスを活用して、今後の個別企業の経営革新につなげる必要があると思われる。
(2) 当業界の進むべき方向について
 “2. 小型船造船業界の実態調査”の項で整理したとおり、当業界の最大の問題点は受注量の減少である。
 受注量の急速な回復は期待できないとすれば、当業界の採りうる選択肢としては、大きく次の3点が考えられる。
[1] 集約化
 大手造船所でも系列を越えた提携が見られるように、小型船造船業界においても企業合同を含めた集約化を検討する。
[2] 新しいサービスの付加
 例えば修理実績をデータベース化して、船会杜の工務部門へ情報提供する。あるいは迅速な出張修理体制を確立する等、新たな業務拡大に結びつける努力を行う。
[3] 新規事業の開拓
 小型船造船業で蓄積してきた技術・ノウハウを造船以外に活用できないか。例えば、バリアフリーに関するノウハウを福祉機器開発の分野、船体塗装の技術をもって塗装業の分野等に進出することにより、新規事業の開拓をする。
 これらのことは当業界でも種々検討はされてきたものであるが、今回の経営基盤強化計画の作成に当たって、再度初心に返って検討する必要があると思われる。








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