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第1章 わが国中小造船業の特徴
1.1 日本造船業の地位
 日本経済が第二次大戦前の水準に復帰した昭和31年の経済白書が「もはや戦後ではない」と謳った時期と相前後して日本の新造船建造量は世界第一位となった。最近2、3年は僅差で韓国と第一位が入れ替わっているが、造船業が日本における重要産業であることに変わりはない。こうした地位を40年以上も占めてきたのは次のような要因による。
(1)溶接技術の長足の進歩がブロック工法による建造を可能とし、船台と地上定盤の効率的な作業分担により工期の大幅短縮を可能とした。さらに造船業界にはオープンな気風があり、各社の創意工夫による技術の「果実」が特許の制約なしに他社にも波及し、業界全体の技術レベルの向上に貢献してきた。
(2)明治維新以降の富国強兵策が艦船建造に注力された結果、裾野の広い舶用機器産業が発展し、組立産業である造船業は、ほぼ100%の国内機器調達を可能にした。
(3) 職能別組合が一般的ではなく、企業別労働組合が普遍的であったために、技術革新や進歩に伴う職種の変換統合、先行艤装工法等の採用を企業の実態に則して取り入れることができた。作業効率向上のための多能工化の方向も、こうした背景に負うところ大である。
(注)先進諸国の造船業が急速に衰退した原因の一つは、この組合体系の違いにあったと言える。英国では、サッチャー時代に英国労働組合本部(TUC)が次の条件を認めたのは示唆に富む。「既存の従業員がいない全く新しい工場では、地区労働組合支部と話し合って、一つの職能別組合を指定すれば、指定された組合が他の組合も代表して会社と話し合い労働条件を取り決めることができる」(シングルユニオンコントラクト)。
(4)各造船所は、自身を支える協力会社体制を確立し、協力会社は全体の協同組合を設立して造船所、協力会社相互間の情報交換、意志疎通を図ってきた。そこには互譲、協調の気風が培われ、構内協力会社間での人材の引き抜きはほとんどなく、たとえ前工程に若干の不備があっても、次の工程を担当する企業が自らの所与の時間、協定金額で吸収して後工程へ渡す仕組みがあり、このような背景がすべての工程を支障なく進捗させるべく機能してきた。
 日本は、米国に次ぐ世界第二位のGDPを誇る経済大国であるが、国内の資源は乏しく鉄鉱石、原油等主要資源をほぼ100%海外から輸入し、それらを付加価値の高い製品に転化して輸出する貿易立国である。海外から、そして海外への大量、遠距離輸送の手段が外航船舶である。また、日本経済の一翼を担っている多数の企業、工場は全国各地に散在しているが、大量輸入された原材料の2次輸送及び半製品、製品をこれら各地へ輸送するのに内航船舶が主要な役割を担っている。これら船舶の供給者が、いうまでもなく、造船業である。
 造船業の顧客たる船会社が、新造船発注時に考慮する基本スタンスは、次と言われている。
[1] 期待できる運賃に見合う船価であること
[2] 就航後において予測どおりの品質、性能を保持していること   船会社は、海運市況において、要すれば当該船舶の転売を常に念頭においているので、転売時にも、建造時の性能がほぼ満足されることを期待している。
[3] 契約で取り決めたとおりの納期を遵守してもらえること
 現在では、[1]の要因で海外造船所に対抗できない造船所は、いずれも厳しい経営状況下にあるが、国内、海外船会社の日本造船業に対する総合的評価は、依然として高いものがある。
 中小造船所の顧客である内航船会社は、所有船の高船齢化という問題を抱えているが、これら船舶の代替建造が海外へ流れることはありえないであろう。すなわち、内航船主との間では積地・揚地の諸要求、港湾の制約等を織り込んだ仕様の取り纏め、建造中の監督の受け入れ、日本船籍としての安全設備、構造等のJG検査の受検、さらには比較的短納期に対処するため、舶用機器メーカの協力等々を総合判断すれば、日本造船所への発注が必然の帰結となる。造船は海運と共に貿易経済大国を支える車の両輪であり、いずれも衰退してはならない主要産業である。








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