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しかし、この約1年にも及ぶ指導はR男の中に、未知の世界に飛び込む勇気と可能性を見出したと言っても過言ではない。そして、治療者自身も生活療法、行動療法における行動変容の技法を体験学習することができ、全くセラピストとしての幸せにひたった。

今、R男は両親のもとに帰り、熱心に勉強を指導して下さる先生との出会いの中で、一生懸命勉強に励んでいるとの報告があった。私たちもいつか成長したR男と心理学について語れる日を期待している。

 

指導をふりかえって

今回の指導は、初めから現実脱感作療法を使用してきましたが、ここに至って、セラピストや両親以外の一般の人の協力を得、R男の指導に生活療法を取り入れた背景には、

1. 抗うつ剤の投与(精神科医の協力なしにはあり得ない)が環境の変化による不安に対抗できると判断したこと。

2. 訓練が特殊公式まで進められたこと(多少変更があったが)。

3. 民間に良い協力者がいたこと。

4. 10日間に及ぶ入念な下準備ができたこと。

などが挙げられます。そして、恐怖場面でR男が恐怖回避行動(下痢、うつ反応などの心身症機制で対抗しなかったこと)を取らず、その場で長時間かんばれたことは指導の大きな進歩でした。

実際、R男のように場面恐怖症や対人恐怖症の患者は、その対象や状況を極端に恐れ、それに直面することを避けてしまいます。その結果、恐怖を消去する機会を失い、これが恐怖を持続させる原因と考えられています。しかしR男の場合、藤井氏の存在が恐怖回避行動を阻止する役目を果たしたこと(藤井氏がいつもR男の横で模範になる行動を根気強く示し続けたので、これによりR男は持ち場を離れられなくなった)、またR男自身が恐怖場面である市場の中で、自己を十分コントロールできたことなどが、成功の大きな要因になったようです。恐怖場面に長時間自分をさらすことで、R男の恐怖はいつのまにか消去しています。消去した後は、周囲の人々の励ましや、魚を売るという行為がR男に自信と勇気を与え、恐怖を消去するとともに、人と接することのすばらしさをも体得しています。まさに、小学校時代のような積極性が再現され始め、市場以外の場所でも新しいR男が見られるようになりました。このR男のケースは治療効果が顕著に出た良い例と言えます。

最後にR男の指導にあたり、医学的面から数々の助言を下さった友愛病院の末丸院長、セラピストの意向に添って、指導の場を提供してくれるとともに、いっしょになって指導に参加して下さったイキイキ新鮮市の藤井社長及び社員の方々に今、深く感謝致しております。

こうした皆様の協力を得て初めて、ひとりの青年のかけがえのない人生に、深くかかわることができたことへの充実感に身を浸すことができたといえます。

 

 

 

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