今回もまた残念ながら、波頭逆巻く大海原や舷側に怒濤がすさまじい勢いで叩きつけてくる荒れ狂う海を描いた作品はなかった。
大賞に選ばれた『寛政猿兵衛師』は、アメリカ人の視点から日本の寛政時代をとらえた点に新鮮さがあり、小説として一応のまとまりもあった。こまかい欠点を挙げればきりがないが、まずまずの出来栄えといっていいだろう。タイトルもユニークで、なんとなく興味をそそられた。
十川信介委員
大賞の『寛政猿兵衛師』は、外国船のサルベージを通じて、ヨソ者喜右衛門の機略と心意気を描いて頭一つリードした。猿兵衛師の表記も、彼のおどけた踊りと米人から聞いた方法のモノマネを含意しておもしろい。
ノンフィクション三作、いずれも題材は興味をそそるが、説明文が多いわりに盛りあがりに欠ける点が惜しい。『もう一つのタイタニック』は事故の責任の究明があいまいなまま、クリッペンの呪いがそれをカヴァーするような印象を受ける。『グラムパスの虹』は南鳥島の発見者・水谷新六の後半生を調査し、彼が舞台から消えてしまった原因を考察すべきだろう。『海流のボニート』は、カツオの生態とタタキ職人の敍述を、より緊密に結びつけることが必要だと思う。