出世作『戦艦武蔵』をはじめ『海の史劇』『花渡る海』『漂流』など多くの海洋文学に、「勁い文学」としての独自の境地を拓いた吉村さんの作品の起点には、このように紺青の大海原があったのである。十年ほど前に出版された本をたまたま手にしてそうと知ったが、その吉村さんに今度の特別賞はけっして偶然のことではないと、心の底から喜んだ。
それともう一つ、余計なことながら書いておきたい。
同著に、熱をこめて小説を書き出した吉村さんが、中山義秀に「高見が君のことを心配していたよ。お線香でもあげて来なさい」といわれ、前年に世を去った高見順の霊前に香を手向けにいく挿話がある。迎えた夫人が、高見の芥川賞選評の絶筆をしめしながら、
「高見は、あなたのことをひどく気にかけていました。あなたは必ず伸びると言っていた高見が、眼がなかったと言われないように、いい作家になって下さいね」
といい、激しく泣く。そのときの吉村さんは、自分の不甲斐なさが情けなく、ただ体を硬直させてその泣き声をきいていたという。高見順そして夫人とは長く身近にあってよく知るわたくしにも、初めて耳にする話であった。それだけに、いまこれを書きながら、ひどく感傷的な気持ちになっている。
吉村さんに特別賞との報の三日後に、高見夫人の計報をわたくしは寂しく聞かされたからである。