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特別賞推薦のことば

 

選考委員 作家 半藤一利

 

吉村さんの「文学的自伝」ともいえる『私の文学漂流』(新潮社)を、十日ばかり前に読み終えたとき、海洋文学大賞の特別賞決定の報があった。帯の文章をそのまま引用すれば「結核、大学中退、生活苦、四度の芥川賞落選…逆境を乗り越え、名作『戦艦武蔵』が誕生するまでの軌跡を克明に描いた、感動の自伝!」といえる本である。わたくしは偶然というものがこの世にはあるのだと、吉村さんに決定の報に奇妙なほど感動した。

この本の終わりのほうで、勤めていた会社を退職し、周りの雑音に耳をかさず文学一筋に生きようと決意した吉村さんが、三年前に一度訪れたことのある岩手県の三陸海岸への旅にでる話がある。吉村さんは書いている。

「私は、潮の香に包まれながら腹這いになって、再び切り立った崖の上から濃紺の海と砕け散る波を見た。錆びついていた私の頭が、清冽な水で洗われたようにいきいきと働き出すのを感じていた。…私は、屹立した断崖とその下に動く濃紺の海の色に刺戟を受け、これを活用して書こう、と考えた」

 

 

 

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