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秋元中尉は開口一番、船長に来航の目的を糺し、石井書記官から託された日本政府の訓令書を手渡した。そして、船主のローズヒルが十三年前、マーカス島が米国領土であるとの宣言文を密封したガラス瓶が島のどこかに埋められていると言っているそうだが、是非そのガラス瓶を発掘して拝見したい、と申し入れた。船長は顔色を変え、五日間の滞留を認めるよう希望した。秋元中尉は逆に一週間の仮泊と一日五名の上陸許可を与え、もし船内に病人がおれば何か適当な薬剤を提供してもよいと友好的対応を示したが、当のローズヒルはその姿さえみせなかった。もとより魔法のガラス瓶などでてくるはずもなかった。

ワーレン号は一週間目の八月七日、悄然と東の海へと遠ざかっていった。

それにひきかえ、八月末には陸戦隊撤収のため軍艦高千穂が、著名な地理、理科学などの学者や多くの新聞記者まで乗せて南鳥島に到着した。ローズヒルのおかげで一躍世間の注目を浴びた南鳥島に、いよいよ本格的な学術調査のメスが入ることになったのである。

一方、米国政府はローズヒル事件の直後、間髪を入れずウェーキ島、ミッドウェ島に星条旗を掲げ、米国領土たることを宣言した。

―それは一体何を意味するのか。心ある識者は米国政府の占領行為に瞠目した。

 

 

ローズヒルも去り、軍艦も去り、南鳥島に静穏な日々がまた戻ってきた。

しかし、それも束の間、島の人たちが何より怖れていた死神が再び跳梁し始めたのだ。この死神は一年ほど前五十八人もいた島の人間を一カ月もしないうちに、十九人も呪い殺してしまった。

発熱、悪寒、嘔吐、それに激しい瀉痢が十日ほど続くと、病人はかぼそい呻きを残して呆気なく死んでいく。薬とてロクに無く、死ぬ以外に病人は楽(らく)になる手だてはなかった。

 

 

 

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