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というわけで奉行所を辞した俺とラスは、長崎の町を見下ろす高台にある諏訪神社にやってきた。この国の暦で言えば寛政十年九月九日、我々の暦なら一七九八年十月十八日の午後のことだった。

鳥居という神社の大きな門に近づいた俺を驚かせたのは祭りの賑わいだった。境内は俺たち外国人二人が紛れ込んでしまうほど大勢の参拝客であふれていた。晴れ着を着飾った男女、杖をついた老婆、はしゃぐ子供の手をひく親子づれ、それをあてこんだ臨時の食べ物店が軒をつらね、参道の両側には雑多な物売りが声をはりあげている。

「はーあ、ぽっぺん、ぽっぺん、ぽっぺんな。あ、唐人さんに聞いてみな、阿蘭陀さんにも聞いてみな、ぽっぺん飴のがんらいは……」

黒山の人波の中でも、ひときわ目立つ派手な色づかいの珍妙な衣装をまとったちょん髷の男が、手にした太鼓を叩いて唄っている。子供たちが親の手をふりほどいて駆けより、その男を取りかこむ。

「あの男はキャンディ売りだよ」

俺の耳の横でオランダ人が説明した。

俺とラスは長い石段を登って砂利を敷いた広場に入った。目の前には大きな瓦屋根をのせた巨大な木造の神殿があった。神殿の正面に並んだ人々が交互に拝礼しては、寄進箱にコインを投じている。

 

 

 

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