日本財団 図書館


第1章 調査研究をはじめるにあたって

 

1) はじめに 〜現代社会における「ケア」の意味〜

日本は超高齢化社会の到来に伴い、介護保険の導入をはじめとして、社会制度の整備が急ピッチですすめられている。しかし、その制度を担う側、つまり介護する人のためのサポートシステムは未整備である。そして、介護をめぐる様々な痛みや苦しみも制度だけではすくいとることができずに、悩みを抱え込んだ人たちが私たちの周りにたくさん見られる。

介護のニーズが高まり、介護を担う仕事が、家族から福祉職へ、さらにはボランティアへと、さまざまな形態に多様化しつつある。このような状況の中で、ケアをする人自身もケアを受けることが不可欠であるという認識が高まってきている。ケアする人が精神的、肉体的に困難に陥ったときに適切なサポートを受け、心身ともに癒されることで、ケアに対してポジティブな取り組みができれば、質の高いケアを提供できる。ひいては人間的な新しい時代の福祉社会を作っていくことにつながる。

このような問題意識から、私たちは「ケアする人のケア・サポートシステム研究委員会」を組織し、調査研究を始めた。

委員会では、まず「ケアとは何か」を議論することから始めた。なぜなら、「ケアする人のケア」を考えようとするとき、ケアする人の苦悩を単にストレスとして解消し、疲れを一時的にとることは、ケアする人の恢復、あるいは、ケアの文化のある社会にとって、根本的な改善にはつながらないと考えたからである。

現代社会において「ケア」はどのような意味をもつのか。

近代の技術革新と大量生産は、人間の生活に物質的な豊かさをもたらし、日常的な助け合いは必要ないと思われるほどの便利さをもたらした。それに伴い、私たちの生活習慣や行動も、“無駄な部分”を切り捨てることを余儀なくされ、その結果、生きている実感が乏しくなり、さらには「人間的な関り」という魂が揺さぶられる経験が少なくなったことにより精神的な物足りなさや居心地の悪さを感じるようになってきたと言えるのではないだろうか。

これまで豊かさの追求のため、効率性を求めていた時代においては、一人ひとりが「強い人間」であることが前提だった。高齢の人たちや、障害のある人たち、身体を病む人や心に傷を抱える人たちは、社会の隅に追いやられ、また、悩んだり傷ついたりすることを否定する社会、誰もが持っている弱さや心の闇をも、隠すべきもの、避けるべきものとする社会であったと言える。

しかし、新しい時代には、時代の変化によって生じる個人の抱える弱さや苦悩を孤立させずに何らかの方法で解決される仕組みと文化が必要である。すなわち、本来、人間の苦悩を受けとめ、支えるはずの、共同体の機能を恢復させ、人と人との関係を深い次元で結び直していく必要があると考えられる。

企業社会や地域社会や学校社会といった人と人とのつながりを育む場所が崩壊しつつあることは、個人の日常的に抱えるストレスや内面的な苦悩の孤立化をもたらすばかりではない。例えば、介護という行為もまた、「介護する自分と介護をうける相手」という関係に分断され、介護を担う人の苦悩が、虐待や自殺といった哀しい事態につながっているというケースがあることも事実である。

 

 

 

目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION