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また、一般に宗教的な色彩の濃いものは片道コースであり、スポーツ競技的な色彩の濃いものは往復コースが多いようだ。その意味では沖縄は宗教的伝統行事であるが、漸次スポーツ色を強めているようだ。

それから、片道・往復コースも船の特色によって大別できるように思う。つまり櫂を主とする地域では櫂伝馬を含めて方向転換が比較的容易なこと。それにひきかえ櫓船は急速な左右への動きが難しいことなどから往復コースをとることは少ないように思われる。

競漕の距離は往年にくらべ比較にならないほど短くなった。これは船そのものが、今日では動力船が中心となり、無動力船を操作する機会がほとんどなくなったこと。それに往年の距離を操作する体力がないことがあげられる。かつては数kmにわたっていたが、現在は港内で数百mになっているところが多い。

競漕形態は2隻が基本であるが、地方によっては数隻でおこなわれるところがある。偶然か櫓船では2隻が多く、櫂伝馬やペーロンでは5、6隻が、沖縄では3隻が多い。なお船数は地区対抗の地区数をそのまま反映している。しかし、伝統・宗教色の薄らいだ地域では該当しない。つまり地区対抗意識がなくなり単なるレクリエーション行事になってしまったため、参加者によって船数を決めている。

さらにもう一つ、ペーロンやハーリーと異なり、我が国の伝統色が強いと思われる櫓船や櫂伝馬では舳先に女装者が乗ることも特色の一つである。この女装者は采を両手にもって踊る。なぜ女装者が舳先に立って采を振るのか定かでない。この問題は今後にゆずるが鯨船にも舳先に女装者が乗ることがしばしば見られ何らかの関係があるものと思われる。

競漕形態も現代化の大波のなかで簡素化される傾向にあり、これまた伝統と現代の狭間のなかで揺れ動いている。

(安冨)

 

6) 『船競漕』調査の意義

四方を海に囲まれた我が国では、古代以来、今日にいたるまで人と物資の輸送に船は大きな役割を果たしてきた。特に今日の我が国の急速な発展を築いてきたのは船の存在なくして考えられない。このように船は我が国の歴史上大きな役割を担ってきた。しかし空の輸送が発達するにつれ海の輸送機関である船の存在が稀薄になっているように思われる。

古代以来の我が国と周辺諸国との交流、とりわけ西日本と大陸や朝鮮半島との交流は近代にいたるまで何らかの形で続いてきた。その結果、日本の文化に大陸文化の影響が色濃く残っていることは周知のとおりである。船技術もそのなかの一つであろう。大陸や南方との交易を繰り返すなか、外国の船技術を見習って我が国の造船技術も発展してきた。船体技術のように我が国独特のものもあるが、船技術の多くは外からの影響が大きい。

 

 

 

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