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歌のパートに関しては、独唱、重唱、合唱それぞれにいろいろな作曲家が独自のやり方で成果を挙げているなかで、團伊玖磨ならではの旋律の作り方には、管弦楽と同じく西洋音楽の伝統に確固として根を下ろした安定感がある。他の作曲家の中には、声楽パートはすばらしいが管弦楽が薄手だとか、その逆にオーケストラパートは充実して聴きごたえあるが歌が不自然だというふうなアンバランスなケースもあるが、その点、團伊玖磨の場合は歌、オーケストラの両面がほぼ均等に極められた統一感がある。

そうしたトラディショナルな水準の高さゆえに、『ちゃんちき』は民話調のオペラでありながら、初演当初からいわゆる「民話オペラ」であることを拒否するだけのスケールの大きさを持っていたのだ。革新的な現代オペラを望む立場からみれば確かに保守的だろうが、『黒船』から数えてまだ35年のオペラ史しかなかった頃である。まずは地固めが必要、先を急ぐことはない。『ちゃんちき』の舞台から、作曲者のそんな言葉が聞こえてくるような気がする。初演から25年を経た今も、日本のオペラ界にもっとしっかりした地固めが必要だという状況は、あまり変わっていない。

このような、一見民話風のたたずまいを持つ現代オペラとしては、その後、林光作曲『べっかんこ鬼』(台本/さねとうあきら、1979)、松井和彦作曲『泣いた赤鬼』(原作/浜田廣介、1981)、三木稔作曲『うたよみざる』(原作・台本/川村光夫、1983)、青島広志作曲『龍の雨』(台本/作曲者、1988)、間宮芳生作曲『夜長姫と耳男』(原作/坂口安吾、台本/友竹正則、1990)、池辺晋一郎作曲『じゅごんの子守唄』(台本/小田健也、1996)などが注目すべき成果をあげている。

また、『ひかりごけ』に続くシリアスな現代物のグランドオペラとしては、1984年に日本語版が初演された三木稔作曲『あだ』(原作/三上於兎吉、台本/カーカップ)や松村禎三作曲『沈黙』(原作/遠藤周作、台本/作曲者、1993)を初めとして、多数の秀作、力作が生まれている。なかには台本構成の弱さゆえに適切な上演効果を拳げえない作品もまだまだ少なくないが、そうした作品のなかにも、改定、再演を繰り返すことで優れたレパートリーに成長できる可能性を秘めているものが多数ある。

1905(明治38)年の『露営の夢』からほぼ100年、その間、現在までに約550の日本のオペラ作品が生まれた。そのなかにはあだ花もあるが実のある大輪も多いと、私は思っている。

 

 

 

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