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作曲の面からいえば、しっかりした管弦楽曲を書き下ろすだけの力量を習得していない人でも、小さい作品なら作曲できるという事情があった。そのため、小さくてもキラリと光る一流の民芸品のようなオペラの逸品が生まれた一方で、いかにも安易に作られた舞台も少数とはいえず、レベルの高い創作意欲を抱く人々の間では、「民話オペラ」の世界を乗り越えて進む必要性が次第に強く意識されるようになる。

『夕鶴』や『あまんじゃくとうりこひめ』、『おこんじょうるり』といった作品が長く愛好されているのは、台本構成と音楽が優れているのは無論のこと、題材として民話を用いたり、民話風のストーリーだったりしながらも、そのなかに作者の視点で今日のテーマがきちんと盛り込まれているからだ。親しみやすさと芸術性、そして現代人の心を捉える問題意識の3要素が揃って、名作の誕生となるわけだ。

こうした民話調のオペラは、主に1960年代から目立ちはじめた現代物の台頭に伴って往年の勢いは衰えたものの、現代物のなかに形を変えて潜入したりしながら、今も健在だ。特に1970年代以降は、東京や大阪といったオペラ活動の中心地よりはむしろ地方オペラの現場に引き継がれ、大分の『吉四六昇天』をはじめ、宮崎の『鶴富』、沖縄の『吉屋思鶴』、鹿児島の『カントミ』などが1980年代前半までに誕生。その後、一層広範な地域へと広がっている。

 

團伊玖磨の『ちゃんちき』が初演されたのは1975年。團自身の『ひかりごけ』(原作/武田泰淳)が3年前に初演されて大きな反響を呼ぶなど、日本の近・現代文学に基づいた現代的作曲技法による「現代オペラ」の数々がさほど抵抗感なく受け入れられるようになっていた頃である。むしろ日本オペラの現代化が待たれていた時期と言ってもいいかも知れない。そんなときになぜ團伊玖磨が再び民話の世界に戻るのかと、疑問を感じた人々もいたに違いない。

『ちゃんちき』のストーリーは確かに民話を下敷きにしている。音楽面にもキツネやカワウソの動物譚にふさわしい一種の軽さがつきまとう。だが、水木洋子の台本はけっして動物の世界の中での生存競争のありようを描くだけに止まらず、子どもの自立や自然破壊など、今日の我々自身の社会問題を明確に描いている。作曲の手法は一段と自在になり、特にオーケストラの書法にかけては、『夕鶴』作曲当時と比べて長足の発展を遂げている。この1970年代の頃は、日本オペラの分野にも、正統的でしっかりしたオーケストレーションが次第に見られるようになってきてはいたが、團伊玖磨のオペラの魅力は、やはりこうした管弦楽パートの充実したグランドオペラにあることを実感させた。

 

 

 

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