苦難の意味に応える声は細く、聴き取れないことがおおいのでしょうが、ある時なにかによって心澄される時に、その意味を聴き、慰められて心癒される日が訪れることを祈らざるを得ません。
本当に癒されるということはどんなことを指しているのでしょうか? 病気が治った、痛みが除去された、ということだけではないでしょう。そんな思いでファーバー博士と別れました。
看護婦 鳥居祝子
追記:外国に出かける時、私は夫に「永遠の別れが突然来ると、やはりお互いにショックでしょうから、これはその準備」などと半ば真実、半ば口実のような言葉を交してきます。
そして、行き着いた先々で記事同様の手紙をホテルのFaxで送ります。この文はその一部です。紀行文としてお許しください。
セントポールホスピタルの音楽療法3]
エレンの話(私=近藤さん)
薬の注射針の共用が元で、エイズ感染に犯された42歳の詩が好きな3歳になる息子を持つ、シングルマザー。彼女は、エイズと診断されて短期入院と自宅生活との繰り返しを余儀なくされています。バンクーバーの街中に見る、薬にかかわる人々の顔。どうかかわればいいのか…。情報伝達的な医師からの電話に私は不安と恐怖でいっぱいでした。
挑戦的な彼女に私は体の震えを感じながら正直に「私があなたの感情を全て望むように発散してあげる。一緒に悩み、考える。途中で逃げたりはしないと…」彼女は作詞、作曲に興味を示し、セッションが始まりました。“怒り”“寂しさ”“絶望”“拒絶”といったものばかりで、私は心身共に疲れてくる自分を感じながら、彼女との関わりあいを通して、自分の中を空っぽにする努力をした。G.Eスターカスの一節に出会う。
“もし苦しみが、その人自身のものとして受け入れられ、その人の存在の中核で感じとられるのならば、その時、苦しみは、他の人間やすべての生物に対する情けへの成長します。そして、苦しみによって心が開かれ、悲しみの中から陽気さと歓喜の新しい感情が起こってきます。”
(G.E.ムスターカス)
息子への歌
大きな目と、綿菓子のようにふんわりとした髪
そして、ほんとうにけなげな笑顔、
いたずら好きで、あなたのすることすべてが、
いとおしくてしかたがないのです
私はこの歌を、愛を込めてあなたにおくります
天使のような我が息子よ
あなたはまだ3歳で、綿菓子のような
ふんわりとした髪をしているのね
これは私からあなたに送る歌です
私のいとおしい息子よ
あなたの幸せを祈りながら
私からあなたに送る歌です。
“受け入れる”“受容”人間としての敬意を払い、関心を持ち、自分自身を受け入れているのか。人を助けることには夢中になっても、人に助けを求めることが時には辛く、自尊心と戦わなければならないことを体験したことがあるか…?また同時に勇気を持って助けを求めた時に得る、人とのつながりの素晴らしさを感じることがどれほどあるのか?エレンは初めて3歳になる息子への詩を歌にしたいと持ちかけ、この曲が完成しました。
作る過程で彼女の心に見えなかった世界が創造され、自己の人生を独自で価値あるものとして見るようになったことに、大きな療法的意味が感じられます。
中村紀美