日本財団 図書館


地域医療と福祉のトピックス その32

川崎市におけるボランティア活動の展開について

財団法人川崎ボランティアセンター事業担当主査 伊藤義昭

 

川崎市におけるボランティア活動について述べるとき、昭和57年に設立された第3セクターである財団法人川崎ボランティアセンターの経過を述べる必要があります。設立趣意書のなかで、「川崎市におけるボランティア活動は、社会福祉、社会教育、生活環境、消費生活、文化活動その他の市民生活にかかわる活動など、きわめて多岐にわたる分野での活動が進められております。」と書かれています。当初、設立準備会で『市民生活活動センター』と名称が決定したのですが、スポンサーの川崎市(当時は伊藤市長)から、『ボランティアセンター』という名称を使用してほしい、そのかわり財政的に支援するという申し出がありました。当時はなじみの薄い市民生活活動センターより、ボランティアセンターのほうが市民に理解してもらえると思ったのでしょうか。現在、『川崎市市民活動についての調査研究報告書』の中で名称変更の提案がなされ、その検討をしている当センターの法人組織等検討委員会では、『ボランティアセンター』か『市民活動センター』か、苦渋の選択を強いられることでしょう。

川崎市におけるボランティア活動は、昭和30年代後半、福祉を中心としたボランティア活動が活発化し、社会福祉協議会を中心としたボランティア活動はイコール福祉活動と同義語でした。しかし昭和40年代の町づくり運動によって、福祉領域の活動から、建設、建築、交通など絡めた、歩道橋、段差、交通機関などのバリアの解消など、幅の広い運動となってきました。とりわけ、ボランティアセンター設立構想は、社会福祉協議会の活動領域をはるかに越え、社会教育の領域にも広がり、生活学校を中心とした環境を重点に取り組む女性の運動など、広域な市民活動、市民運動が現れてきました。それらすべての領域を包含した、市民活動の支援センター的な組織、拠点の設置が必要になりました。

平成7年1月17日に阪神・淡路大震災が起こり、震災時におけるボランティアの拠点として、神奈川県に県民活動サポートセンターができました。これまで、あまり参加の少なかった青少年層を巻き込んだある種のボランティアのブームが起こり、その年を「ボランティア元年」と呼んでいますが、災害における活動や生活支援などのボランティア活動が叫ばれ、NPO法施行のきっかけにもなりました。また、設立当時の川崎ボランティアセンターは民生局(現在の健康福祉局)に属していましたが、市民局所管のほうが、広義のボランティア活動・市民活動に適しているとの判断が大勢を占めました。これも、当時の行政の結論に誤りがあるように思えました。3年前に市民局に移設されましたが、せっかくの先進的、先駆的構想をもちながら、15年近くも時代の流れに逆行しました。

 

医療福祉を中心としたボランティア活動

そうした観点から、川崎市におけるボランティア活動および市民活動は、具体的にはどんな活動を展開してきたのでしょうか。医療・福祉、文化・教育、生活・環境、国際・平和・人権など4領域の主な活動団体の事例を紹介したいと思います。

医療・福祉領域では

市民活動といっても、医療福祉の活動が中心であることはいうまでもありません。現在、当センターに相談にくる件数の大半は、障害者や老人の介助や送迎などの依頼が多いことでもわかります。

しかし、前にも述べたように、福祉活動からスタートした「ともに生きる」ノーマライゼーションを求めた町づくり運動は、行政や地域商業施設の改善要求を含め、一福祉の範疇を超え、要望や陳情・請願といった住民運動的な活動にならざるをえなかったのです。施設の点検調査活動を整理しガイドマップ「舞舞」を作製した「川崎・町づくり市民の会」。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION