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そのことを、70歳のアルツハイマー病のお母さんを自宅で介護していた娘さんの相談事例でみてみます。相談にみえた理由は、1年前からの弄便(ろうべん)でした。便を手でいじるとか、畳とか壁になすりつけるので、娘さんはその介護や後始末で心身ともにへとへとになって、精神科的な治療を求めて相談にみえました。正直いって、精神科で弄便の治療などできません。少しでも役に立つ話ができるかと現在の状況とか経過を聞いていったのですが、その中で、着替えに毎日1時間から2時間はかかるという話が出てきました。私には、ここに何か問題があると思えたので、一応全体像を聞いた後で、「先ほど着替えに1〜2時間かかるといわれましたが、もう少し詳しく聞かせてほしい」と話を戻しました。

すると1年前から着衣失行が始まったことがわかりました。着衣失行はアルツハイマー病では、3年から5年ぐらいして出てくる症状で、セーターの上にシャツを着るとか、スカートを頭からかぶった、パンツに腕を通すというような、ちぐはぐな着方をします。失行症とは麻痺がなく一つ一つの行動はできるのに、行為の組み立てが適切にできないという症状です。娘さんはそれを見て愕然とした。そして、自分が手伝えば簡単にすむけれども、本人にやらせないと痴呆はどんどん進んでしまうのではないかと考えたそうです。そこで、自分は手を出さないで、できるだけ本人にしてもらおうと決めて、子どもたちを保育園などに送った後、寝巻きを普段着に着替えさせることに取り組んできたのです。

ところが、母親は全然着方がわからず、大混乱となる。その傍らで見守って、よほどひどいときだけ注意をするかかわりをしているが、自分のほうがノイローゼになりそうという話でした。

 

 

 

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