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ですから、脳の損傷のために誤解しやすいとか、忘れっぽいというように、情報が歪曲されて入ってくるものは妄想から外していました。つまり、脳の器質性障害があれば妄想の研究から外してきたのです。ですから、脳に問題があれば、心はみないという“脳か心か”がこれまでの精神医学の常識でした。しかし、高齢者の問題は、いまの妄想について簡単に触れただけでもある程度おわかりのように、“脳も心も”という視点をもたないと理解できないのです。

私が高齢者の臨床に入ってそういう考え方ができるようになったのは何年も経ってからです。最初は非常に戸惑いました。しかし、痴呆という障害をもった人でも心理的な反応は当然あるのです。痴呆の人にも心はあると考えれば、当たり前のことです。痴呆という障害がある人にも、怒りや悲しみ、戸惑い、不安などがあるのです。私はそこに辿り着くまでに何年もかかった。前に欠落と保持とが混在していると言いましたが、そういうところに通じていくわけです。ですから盗られ妄想はもの忘れという欠落症状をベースにした人格の反応と考えたほうがいい。そういうことを強調したいし、またこの妄想は痴呆だけでなく、まったく痴呆のない人にも出ます。

私が初診をした盗られ妄想の患者さんの20%近くは痴呆がなく、妄想が治ってから、自宅でまた独り暮らしをしている人が何人もいます。ですから、この妄想は痴呆の人に多いことは事実ですが、痴呆と直接結びつけないほうがいい。

 

ボケといわれる問題

いま言いましたような問題は、一般に、ボケといわれます。高齢者の精神症状とか異常行動はおしなべてボケだいわれます。これは裏返すと、ボケといわれている問題にはどんなことが含まれているのかということです。その答えとして、私の病院での痴呆医療相談の事例を紹介します。

 

 

 

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