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攻撃の対象

攻撃の対象は、主たる介護者や本人の身近にいる人です。娘、嫁、あるいは独り暮らしの人であればヘルパーだったり、近所でいちばん面倒をみてくれる人です。なぜかということは、事例によってかなり意味が違うので一律的な説明はしがたいのですが、一般的にいえることは、自分の立場とか役割を脅かされるという危機感が背景になっていると考えられます。

たとえば痴呆が始まって、自分から頼んで嫁いだ娘に家に戻ってもらった人が、やれやれと安心して落ち着いていたのは3ヵ月くらいで、それを過ぎた頃からは、娘が財布を盗むというように訴え始めた。この例は娘がかつて自分の城だった台所を勝手に使っている、孫たちが自分の寝室を闊歩していると思い込み、乗っ取られてしまったと誤解したことから妄想が生じたわけです。他の例でも、似たようなことを指摘できる例はいくらでもあります。

ここには、忘れたとか全体状況が認識できなくなったと同時に、自分の家とか、自分の城、あるいは役割や立場が脅かされているという、存在基盤の危機感があると考えられます。

若い年代の分裂病では、自分とは何かということに悩むという精神的な危機を背景にしますが、高齢者ではそういう精神的な危機感は物化(ものか)されるのです。家を盗られるとか、財産を狙われるといった形で表現します。盗られたというそのことが問題なのではないと考えたほうがいいわけです。

 

脳も心もみる

これまでの精神医学は、妄想については分裂病を中心に語ってきました。そういう意味では認知障害などのないことが条件でした。要するに周囲の情報を正確に認知しているにもかかわらず、本人の内的な異常なために妄想になる。

 

 

 

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