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痴呆の人をみると、○○が認知できない、忘れる、場所や時間がわからない(見当識障害)、計算もできなくなったと欠落症状に目がいきますが、もう一つの保持している能力にも目を向けることが大切です。痴呆の人を理解するためには、欠落と保持という両側面を見つめないと、これからお話ししていくいろいろな精神症状や異常行動についても理解できないからです。

たとえば自宅を改築するということがきっかけで精神症状が出た老人の例をみてみましょう。

家族は、家が古くなり、子どもたちも大きくなって使いにくいということを母親に説明して、本人も納得した。それはもう1年も前の話だ。それなのに工事が始まった途端に錯乱状態になってしまった。本人は、そんなことは言った覚えはないと怒る。

このようなことは日常的に見られることです。

1年前に了解したことを忘れているという意味では欠落ですが、古い家は自分の生活の歴史が刻み込まれている心の財産です。それが壊されるのを見て怒るのは、保持されているその人らしい反応です。その前に説明されて納得する理解力はあったのですが、いったん自分がパニックに陥ってしまうと、その段階で説明されても、精神的なゆとりを失っていて、了解がなかなかできません。それに状況を見て適切に判断する力も低下している。

要するに、理解力の低下という欠落症状はある。しかし本人が理解していない(忘れて)わけですから、怒り狂うというのは当然の反応なのです。そういう意味で、痴呆の人とは、欠落と保持が混在した状態だといえる。

「痴呆」は記憶障害、見当識障害、あるいは計算力低下という欠落という側面で論じられますが、「痴呆の人」はそうした障害をもっていながら、その人なりの判断力、あるいは感情、人格は保持しているということを見据える必要があります。

 

 

 

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