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視空間失認の患者さんは自分の部屋がわからずにウロウロするので、スタッフが工夫しているのです。

ところが、この症状の患者さんは、その部屋の名札を見て、自分の名前ばかりか、他の人の名前も全部読める。「これは何ですか?」と聞くと、「名札です」という。「ここにあなたの名札があるというのはどういうことか?」と聞くと、「自分の部屋だから」と答えられます。しかし、実際には名札の書いてある所が自分の部屋であるという関連づけができない。先ほどの例では、どこかをのぞいたり、窓から出ようとしたりする。窓という認知はできるけれども、その意味がわからなくなっているのと同じで、大きな模造紙に名前を書いたり、花柄の目立つ模様をつけたりしてもまったく効果がないのです。しかし、多くのスタッフは善意ですから、背の高さに合わないのではないかと貼る位置を高くしたり低くしたり、文字をわかりやすく書いたりいろいろ工夫をしている。

この症状は、アルツハイマー病の初期からしばしば見られます。また、脳梗塞では痴呆がなくても、このような神経心理学的症状が生じる場合があります。痴呆の人にもしばしば見られるこうした特異な症状を知っていないと、いくら対応を工夫してもなかなか解決できません。

 

理解力はある

この例を最初にお話ししたのは、自分の部屋を忘れたというだけでは理解できない症状だからです。名札の文字はちゃんと読める。他の人の文字も読める。これは名札であるとか、この部屋の住人の名札がそこに貼ってあるということもわかる。このように個々の能力は保持されていても、その場その時の状況に応じて有効に利用されないという障害の特徴は、痴呆について考えるときに大切だからです。

 

 

 

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