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舞台裏も楽しく

 

こうして約一時間半の公演が終わった。しかし子ども達にはもう一つの楽しみが用意されていた。順番にスクリーンの後ろに入って見学するのだ。その子どもや先生、そして保護者のお母さん方に、劇団員がそれぞれ懇切に応対する。

手影絵を教わったり、人形を動かしながら投影してみたりと、狭い舞台裏は大賑わい。高学年の子ども達は特にいろんな機器の仕組みに興味を示していた。これは単なるサービスというより、子ども達の意欲をかき立てる貴重な芸術教育だと実感した。

なお学校からの報告書には次のような感想が書かれていた。

「すばらしい影絵を本当にありがとうございました。スクリーンは迫力もあり、字幕にも工夫がされていて、子ども達もよく分かったと思います。OHPを使うことの効果もあれほど大きいとは思いませんでした。…」

すべてが終わってミーティング、そしてすぐにバラシにかかり、トラックに積み込み。午後四時過ぎに学校を後に、明日の公演地である長野県松本市へと向かった。

 

苦労と喜びが

 

午後七時半松本に到着。すぐにホテルの中の店で、白石氏はじめ四人の劇団員と夕食を共にしながら懇談する。私は「角笛」の舞台はホールで幾度も観ているし、舞台裏を覗かせてもらったこともある。字幕スーパーや手話表現の苦労話、そしてそれがうまくいった時の喜びなど話は尽きない。

受け入れ側の先生達にも不安があったようで、がっちりした男の先生が怖そうな顔付きでむっつりと対応しておられて心配したのに、終わったら「感動した。これなら日本全国の聾学校どこでもOKだ。ぜひ子ども達のために頑張ってくださいよ」と言われたそうだ。中野さんの手話についても先生から「たとえ未熟でも、全身で心を込めて話せば通じるものです。とても立派でした」と褒められて、やっと自信がついたということだった。

子ども達はとても人なつっこくて、中野さんのそばに来て「全部分かったよ」と話したそうだ。高校生も熱心で、中には「声優になりたいけどダメかな」と聞かれて言葉に窮したという。

そんな話を聞きながら、劇団の皆さんのご苦労が着実に報いられていきつつあることを実感していた。そして私たちの協会のこのような仕事が、耳の不自由な子ども達に明るい希望と生きる力を与えるための一助となっていることを確信した。

 

信濃の子ども達と

 

今日も穏やかな小春日和だ。七時半に宿を出発。違い地を抜けて秋色に彩られた山の麓の松本市立明善小学校に到着。子ども達の元気な声が迎えてくれる。ほとんど葉をふるい落とした白樺の木、そのはるか遠くに北アルプスの雪山がうっすらと見えた。広い校庭を挟んで松本聾学校が見える。今日は小学校の児童と聾学校の子ども達とが一緒に観劇するのだ。

先生の話によると、運動会をはじめいろんな行事を一緒にやって交流し理解を深めあっているとのこと。今日は午前は低学年、午後は高学年と二回に分けての上演となる。

てきぱきと順調に仕込みが進むが、さすがに海抜七百メートルを越す高地だけに空気が冷たい。先生達が大きなストーブを運んできてくださった。

十時半開幕。私は昨日は客席から見たので、今度は裏に回ってステージの上から劇団員の活動の様子を見せてもらうことにした。子ども達の姿は見えないが、すっかり劇に溶け込んで楽しんでいる様子はスクリーンの後ろまで手に取るように伝わってくる。特に大半が健聴の子ども達だから、一緒に歌うところでは体育館いっぱいにかわいい歌声が響き渡った。

裏では大道具小道具の出し入れや人形の操作、幾種類もの照明器具の点滅、字幕スーパーの照射など、まさに息つく暇もない。途中十分間の休憩時間も前半の片づけと後半に向けての準備。そのピィーンと張りつめた空気の中で私は「これこそプロの仕事だ」と強い感動を覚えていた。

大きな拍手の中で低学年の部が終わった。校長先生の挨拶で、健聴の子と聾学校の児童生徒が一緒に観劇できたことの意義を強調されているのが心に残った。

午後は二時から。その幼稚部の子どもと保護者および職員が小学校の高学年と観劇。すべてが順調に進み、終演後の舞台裏の見学もたっぷりと楽しんだ様子だった。そのすべてを見届けて、私と二見さんはひと足早く白石氏の車で帰途についた。心暖まる貴重な体験の二日間だった。

 

終わりに

 

松本聾学校の観劇報告書に書かれた校長先生の文章の一部を紹介して締めくくりとしよう。

「字幕スーパーが端的で分かり易く、子どもへの暖かい配慮が感じられました。・手話はとても分かり易く、手話以上に表情豊かにやってくださったことで、子どもが引き込まれていました。・健聴者の中に入って一緒に観劇でき、障害のある子へ配慮された劇をしてくださったことで、明善小の子どもたちの本校の子どもたちへの理解も深まることができたと感謝しています。・遠路よりのご来校ありがとうございました…」。

(当協会常任理事)

 

 

 

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