日本財団 図書館

共通ヘッダを読みとばす


Top > 社会科学 > 社会 > 成果物情報

船の科学館ものしりシート

 事業名 基盤整備
 団体名 日本海事科学振興財団 注目度注目度5


No.33/36

 

御座船(ござぶね)“天地丸(てんちまる)”

 

慶長14年(1609)、江戸幕府は諸大名の水軍力削減のために500石(こく)積以上の大型船の所有を禁止し、西国大名が持っていた強力な軍船安宅船(あたけぶね)のすべてを没収しました。

そこで、諸大名は安宅船に代わる関船(せきぶね)を制限いっぱいまでの大きさで建造し、船によってはこれを鮮やかな漆塗(うるしぬ)りで仕上げ、さまざまな金具で装飾した蒙華な屋形を設けて御座船とし、参勤交代(さんきんこうたい)などに用いて大名の権威を誇示しました。

中でも、“天地丸”は寛永7年(1630)、3代将軍家光の時代に建造され、廃船に至る幕末までの実に230年以上の間、将軍の御座船の地位にありました。大きさは500石積、76挺立(ちょうだ)で、船体、総矢倉(そうやぐら)、屋形(やかた)などの全てが朱の漆塗り、随所に金銅(こんどう)の金具をつけて豪華な装飾が施され、将軍の御座船にふさわしい華麗な外観をしていました。

こうして、御座船は泰平の世の中で次第に軍船的要素を失ってゆき、ペリー艦隊の来航などで訪れた幕末の海防の危機に際しては、もはやまったく用をなさない存在となってしまいました。そして文久2年(1862)、幕府が“天地丸”以下の関船、小早などを廃船としたのを契期に、関船の永い歴史に終止符が打たれました。

 

065-1.gif

御座船“天地丸”の復元絵画

この絵は、御座船“天地丸”が隅田川の御船蔵(おふなぐら)を出て永代(えいたい)橋をくぐり、帆をあげつつ帆走に移ろうとしている状況を再現して描いたものです。(画:谷井建三)

 

065-2.jpg

御座船“天地丸”(復元模型)

縮尺1/13.5

寛永7年(1630)に将軍徳川家光が座乗して以来、大がかりな修理を重ね、文久2年(1862)まで用いられました。船型は500石積みの関船で、船体、総矢倉、2階建ての屋形などの全体が朱の漆塗りで、これに多数の金銅の金具で装飾した豪華な船でした。なお、この模型は明治時代に制作されたものです。

 

[要目]

全長 34メートル

肩幅 7.6メートル

櫓数 小櫓76挺立

帆の反数 16反

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






サイトに関するご意見・ご質問・お問合せ   サイトマップ   個人情報保護

日本財団会長笹川陽平ブログはこちら



ランキング
注目度とは?
成果物アクセスランキング
45位
(31,497成果物中)

成果物アクセス数
200,930

集計期間:成果物公開〜現在
更新日: 2019年10月12日

関連する他の成果物

1.船の科学館パンフレット
2.船の科学館資料ガイド「青函連絡船 羊蹄丸」
3.大阪港における規制緩和を踏まえた港湾運送事業の経営基盤強化に関する調査研究報告書(要約編)
  [ 同じカテゴリの成果物 ]


アンケートにご協力
御願いします

この成果物は
お役に立ちましたか?


とても役に立った
まあまあ
普通
いまいち
全く役に立たなかった


この成果物をどのような
目的でご覧になりましたか?


レポート等の作成の
参考資料として
研究の一助として
関係者として参照した
興味があったので
間違って辿り着いただけ


ご意見・ご感想

ここで入力されたご質問・資料請求には、ご回答できません。






その他・お問い合わせ
ご質問は こちら から