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第1章 パブリック・マネジメントの改革の性質

1.1 なぜ、今パブリック・マネジメントの改革なのか?

 

パブリック・マネジメントの改革はふつう、何らかの目的を得るための手段であると考えられており、それ自体が目的だと考えられることはない。もっと正確には、‘複数’の目的を得るための手段となりうるものと言うべきかもしれない。一例をあげるなら、公共支出の経費節減(節約)を実行すること、公共サービスの‘質’を向上させること、政府業務の‘効率’を高めること、選択され実行される政策が‘効果的’である可能性を高めること、などがある。パブリック・マネジメントの改革は、これらの重要な目標を達成する過程で、数々の中間的な目的にかなうこともあるだろう。中間的な目的とは、たとえば政治家の官僚制に対する支配を強化すること、政府がその政策や事業につき、立法府や市民に対して負うアカウンタビリティを管理し強化する機会を奪う官僚制の束縛から公務員を解放すること、などである。最後に、これのみにとどまるものではないが、マネジメント改革の『象徴的かつ正統な利益』にも言及すべきである。政治家にとっては何かを実行中であるかのように見せることも、こうした利益のうちなのだ。改革を宣言し、官僚を非難し、新しいマネジメント技術を賞賛し、サービスの将来的向上を約束し、省庁を再編する―これらの活動は、これらに献身する政治家に、好意的な関心を惹きつけるのに役立つ。独立して活動する個々の政府のもつ権限に対して、地方的、全国的および国際的な制約下で複雑な相互作用によって、ますます議論が差し挟まれるようになってきた昨今、大臣たちがふつうにできる唯一のことは、みずからの統治機構を変えると宣言すること―見たところ威勢が良いが、すぐには費用もかからない―であるとする皮肉な見方さえある。また、かかるイニシアチブの構想と実行においてほとんど常に重要な役割を演じる上級官吏にとっても、正統な利益がある。かかる官吏は、活動の「近代化」や「簡素化」に関わることにより、評判の面で利益が得られるかもしれないからである。

 

マネジメントの改革がほんとうに生産をより安価にし、政府の効率をより高め、サービスをより高品質にし、事業をより効果的にするものなら、そしてそれと同時に政治による支配を強化し、マネジメントの責任者を管理から解放し、政府をより透明化し、改革にもっとも関係の深い大臣や官僚のイメージを高めるのなら、マネジメントの改革が鳴り物入りで吹聴されてきたことに何の不思議もない。しかしながら、不運なことに、ことはそう簡単ではない。マネジメントの改革がうまく行かないこともあるという証拠はごまんとある。マネジメントの改革は、主張された利益を生まないかもしれない。関連する行政過程を(いくつかの重要な意味において)以前よりもさらに悪化させて、逆効果になることさえある。地方自治体における高齢者や障害者を対象とする「在宅支援」(家庭内ケア)サービスが、市場化の方針に沿って改造されるとともに、自治体が購入するサービスとそれを供給するスタッフとが分離されると、われわれはこれこそ典型的な「改革」だと考えるかもしれない。しかしながら、そうしたサービスのために描かれた契約書が700ページもの長きにわたり、現実に提供されているサービスが質においても量においてもごくわずかしか変化してないなら、疑念が生じる。両当事者の間の信頼がもっと大きければ、効果に直結する選択肢ではないにせよ、契約書をもっと短く(でなければ、まったくの無契約に)したり、モニタリング費用を劇的に削減したりできるかもしれない。

 

 

 

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