日本財団 図書館


2-4. オニヒトデとサンゴ群集の分布

 

1969年から始まったオニヒトデの大発生と急速な開発により、沖縄のサンゴ礁は1972年に既に少なからぬ撹乱を受けていた(NishihiraとYamazato,1974)。

サンゴ被度とオニヒトデ個体数(数/10分間)及びオニヒトデの捕食によると見られる食痕数の相対密度(数/10分間)について、1972年(NishihiraとYamazato,1974)、1976年(沖縄県観光開発公社,1976)そして1984年(沖縄県北部広域圏市町村連絡協議会,1984)の調査結果が比較され示された(西平編者、沖縄のサンゴ礁、1988)。それによると、サンゴの被度は1972年には全体的に大きかったが、1972年から1976年にかけて西海岸中央部でオニヒオトデの食害により減少し、1984年には1972年と比較して全ての海域で減少していた。しかし1984年に1976年よりもサンゴ被度が大きい海域もあり、サンゴ群集がいくらか回復したことが示された。

また、1992年度から1993年度にかけて、沖縄のサンゴ礁全域において、サンゴの成育状況(被度)、オニヒトデ等について調査が実施された(沖縄県企画開発部、1993,1994)。

その調査は1992年度に沖縄島周辺、慶良間列島、久米島、伊是名・伊平屋で合計123箇所、1993年度は宮古島40箇所八重山諸島に60箇所の調査地点を設けて行われたもので沖縄県内のサンゴ礁を網羅している。調査内容はサンゴ被度と赤土の堆積状況、オニヒトデ個体数及び食痕数である。

その結果によると、サンゴ被度は場所によって大きく異なっているので全体としての傾向を把握することは困難であるが、少なくともいくつかの地域で生育が良好であることは言えそうである。その地域としては、沖縄島南部水域、残波岬、真栄田岬、本部半島北側、伊江島、奥周辺、慶良間列島、久米島北東岸、宮古島北東・南部、石垣島北西岸などがあげられる。この他にも部分的に高い被度が観測されたところがあった。オニヒトデは数カ所で少数個体が観察されただけでほとんど認められなかった。また食痕も少なかったことから調査時において、オニヒトデは大発生しておらず影響は少ないものと判断された。また、いくつかの地点でオニヒトデによる撹乱から回復していることが確認されたが、全体的にはまだサンゴ被度が高いとは言えない。

 

2-5. オニヒトデ異常発生に関する状況

 

a. 沖縄島恩納村沿岸におけるオニヒトデ異常発生(新垣裕治・山里清、1998)

沖縄島では、1969年に最初に恩納村沿岸でオニヒトデが異常発生し、その後、南北の方向に移動したようである。1984年頃には、沖縄本島沿岸のサンゴ礁はひとわたりオニヒトデの食害を受けたものと思われる。1992年には、オニヒトデの個体密度は正常に近い状況に戻ってきた(Yanagiya,1993)。それまでは、サンゴが回復したところには、オニヒトデが再度出現するということが繰り返されたものと思われる。

ところが、1996年にはまたオニヒトデが恩納村の沿岸に高密度で発生していることが分かった。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION