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先生方や班の友人たちに足りない場所、不適切な箇所を指摘してもらい、その都度何回も書き直し何回も観た。その書き直しのたびに「俺の目はなんて節穴なんだ!」と思った。たった一つの部位から、いろんなことがわかるのだ。発生学、系統解剖学、神経と脈管の関係、筋の神経支配、一つの場所からいろんなものがみえるようになってきた。そのとき私は思った。「みれないのではない観ていないのだ」ただ眺めているだけで問いかけていない。ただ名前の確認だけで、ただ教科書の確認だけで実際にある存在の『いみ』をじっくりと考察してはいなかったのだ。

それから解剖実習に対する考え方が変わっていった。時間の許す限りじっくり観察した。納得のいくまで観察した。御遺体をみるだけではなく御遺体を通じて人間の体を理解するようにしようと努めた。その後の実習は時間との戦いだったが非常に充実していた。理解できることがうれしかった。その複雑さのなかにある精巧さ、一定の方向性。それらを見抜くことができたとき心の底から感激した。

僕にはもう一つ観ることができたものがある。それは班の友人達だ。普段は見られない一面を見ることができた。彼らは本当によく勉強してくるし、なによりも解剖実習に対し真剣で意欲的だった。そんな姿に支えられ、何度も自分の弱い心にうち勝つことができた。はじめは「全部一人でやれたら……」なんてことを考えたことがあったが……とんでもなかった。

 

 

 

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