日本財団 図書館


(北朝鮮)北朝鮮は、1977年7月1日、北朝鮮の経済水域が領海基線から200カイリまでとし(1977年6月22日命令)、また1977年8月1日に、日本海に領海基線から50カイリのラインの軍事境界線(Military Boundary Line)を設定する旨(陸軍声明)を発表した(5)。いずれも内容が不明確であり、北朝鮮が直線基線を宣言しているわけではないが、日本海に設定した経済水域及び軍事境界線ないし軍事警戒水域の形状から直線基線を用いているものと推測されている(6)。これについては後述する。

 

(2) 中国

(ア) 領海の歴史

中国の領海に対する最初の対応も、戦争の局外中立に関する事件であった。普墺・デンマーク戦争下にあった1864年に、渤海湾内の大沽港沖でプロイセン軍艦がデンマーク商船三隻を拿捕する事件がおこった。中国清朝政府は、その拿捕が領海ルールに基づく中国の排他的管轄権の下にある水域で行われたとして抗議し、プロイセンは三隻のうち二隻を釈放し、もう一隻については賠償金を支払ったと言われる。その後、中国は1930年へーグ国際法典編纂会議では領海3カイリを主張し、1934年には通関防止法を制定し12カイリ関税水域を主張した(7)

 

(イ) 1958年領海に関する政府宣言

戦後、中華人民共和国政府は、3カイリ領海は自国利益を守るためには充分な幅ではないとして領海12カイリの立場をとってきたが、1958年の台湾海峡緊張時に領海宣言を発してその立場を明確にした。

同宣言の骨子は次の通りであった。1]中華人民共和国の領海は、中華人民共和国領域の海岸から12カイリまでとする。その領域とは、本土及びその沿岸島嶼、台湾及びその付属各島、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島、その他の公海を隔てた中華人民共和国に属する島嶼を含む。2]領海の基線は、本土沿岸及びもっとも外側の沿岸島嶼に設けた基点を結ぶ直線とする。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION