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もっとも、本件は、偽造した証拠をファックスする行為は国外で行われたが、そのための共謀が日本船舶内で行われた事案であったため、仙台地裁は、「日本人が日本国籍を有する船舶又は航空機の外にある外国領土内で実行した偽造証拠行使行為について日本国刑法を適用する規定は存在しない。しかし、偽造証拠行使行為の一部が日本国籍を有する船舶内で実行された場合には、その行為の全体について日本国刑法が適用される」と判示して、被告人に偽造証拠使用罪の共同正犯の成立を認めている(50)

この判決に対しては、「遍在主義の対象とされる犯罪とは、…実行行為とその結果とが関連する範囲までであって、その範囲を超えてまで遍在主義が作用しうるものではない」ので、「共謀」を犯罪行為の一部と見てこれに遍在主義を適用するのは、「本来的には利用できないはずの遍在主義を、無理をしてここで利用」することになるとの批判がなされているる(51)。しかし、共謀共同正犯に一部行為の全部責任の法理を認める理論的根拠は、「共謀」が実行行為の分担に匹敵するという点に求められるべきであるので、「共謀」行為を実行行為に準ずるものとして刑法を適用しても必ずしも遍在説の不当な拡大とはいえないように思われる。

 

5. おわりに

 

以上、ドイツや我が国で判例・通説とされている遍在説をめぐる最近の議論を素材にその問題点を整理・検討してみた。特に、遍在説の妥当性について疑問が提起され結果説が有力に主張されているが、それがアメリカの効果主義と類似した側面があり属地主義の原理で正当化できるものであるかについては疑問の余地がある。したがって、現時点でも、遍在説が基本的に妥当であると思われるが、その適用をめぐっていかなる具体的な問題があるかは、既遂犯、未遂犯、予備罪、危険犯、過失犯、不作為犯、共犯などの様々な犯罪類型毎に、また、海洋汚染、密航、密輸、薬物犯罪などの犯罪形態毎に問題点を整理する必要がある。これらの点を含めてさらに検討を続けていきたい。

 

 

 

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