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しかも、天候不順につきものなのは、作物の病虫害である。陸続きであるために、その被害は容易に蔓延し、またその規模も広範囲にわたることが多い。

“陸の世界”においては、このような自然災害に加えて、前に触れたように、北方遊牧民による“ステップの暴力”という社会的な災害も少なくなかった。さらに、天災による飢饅などの時には、近隣集団との生死をかけた闘争も避けることはできなかった。

このような“陸の世界”の厳しい社会的条件は、人々をして、“海の世界”以上に常時臨戦体制をとらせる結果となる。たとえば、“中国的”世界における中原とか、“インド的”世界におけるガンジス平原においては、そこに住む人々は常に家族のような第一次集団やムラのような近隣集団を越えた第二次集団を形成しなければならなかった。父系親族集団を軸とした氏族、部族、あるいはカーストなどが組織され、硬構造をもった防衛組織がつくりあげられたのである。それはまた、物的にも知的にも蓄積体系として機能をもつようにもなり、その延長線上に、巨大な王朝と古代国家が成立し、やがて古代文明が花開いたといえよう。その意味では、“陸の世界”は、同時に、ストック(蓄積)中心の世界であるともいえよう。

 

おわりに

最後に、これまで述べてきたように、アジアを“海の世界”と“陸の世界”に大別した見方では、十分に触れられなかった地域に言及して、この小論を終ることにしよう。

それはフランスの東洋学の泰斗ジョルジュ・セデス(George Coedes)がインドシナ半島と命名した大陸部東南アジアのことである。

この地方は島嶼部東南アジアのような熱帯降雨林地帯には属さず、アジア・モンスーン地帯にあり、生態系の点から見ると多少乾燥した風土に熱帯林が発達している。中国の諺に、われわれが“犬猿の仲”というのを、“むかでとさそりはいっしょに住まない”という表現がある。その比瞼を用いると、熱帯降雨林が“むかでの世界”ならば、熱帯林は“さそりの世界”ともいえよう。

大陸部東南アジアは熱帯地域に属しているために、一年を通じて高温である。しかしながら、モンスーン地帯であるので、一年は乾季と雨季に、はっきりと二分されている。一部の沿岸地方を除くと、降水量が過多というほどではないが、植生の成育をはじめとする豊饒な熱帯の自然をはぐくむのには十分である。

 

 

 

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