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和歌山県串本町にあるトルコ国軍艦遭難之碑

 

明治二十三年(一八九〇)九月、トルコ国軍艦エルトグルール号(木造、長さ七六メートル、排水量二、三四四トン、馬力六〇〇、速力一〇ノット)が、横浜を出帆後三日目に熊野灘にさしかかった際、台風に遭い、樫野埼灯台下に座礁、沈没、乗組員六〇九人から六九人の生存者を差し引いた五四〇人という多数の死者を出す大海難が発生した。

同艦は、明治天皇即位を慶祝する特使を運び、横浜に三カ月碇泊したあと帰国の途中であった。辛うじて浜辺に泳ぎつき岩上にはい上がった一人が現在の樫野埼灯台へたどりつき危急事を伝えた。トルコ国軍艦であることを知った付近村民が総出で遭難者を寺や学校に収容して救護に当たったことは、史書に詳述されており、もちろんトルコ全国民から感謝された。

私がこれまでに見た中、最も壮大なもので、昭和十二年(一九三七)トルコ政府と関係者の助力によって建立された歴史的かつ国際的なものである。五年ごとに、トルコ大使館員出席のもと追悼式が碑の前で盛大に行われているという。

 

海難史編さんの必要

 

海のモニュメントは、わが国のほとんどは、悲惨な海難の事実とそれに伴う犠牲者への追悼慰霊の碑であるが、碑を建立した多くの関係者の気持ちとして、再びこのような大事故が起こることのないよう「海難防止」の願いが込められているといえよう。その裏返しとして、碑文を読んで背後にどのような教訓が潜んでいるかと思う人も多いはずである。広域に散在する一世紀をこえる歴史的な記念碑の、側面的な存在意義は、その辺にもあるのである。

この観点からして、海難に関する客観的な資料が、より多く網羅的に、しかも、継続的に存在することは、いうまでもなく各種の海難防止対策樹立に不可欠である。

例えば、特定海域における航法を検討する場合、当該海域の積年にわたる海難事例の分析が不可欠であるそれは「海難史」であり、そのようなものがどこを捜してもないのが現状である―慾しいのである―。

海難史の編さんというとすぐ本をイメージするが、―利用上本がベストであることは言うまでもない―必ずしもそれだけではない。最近では、資料の保管利用のハイテク技術が進歩しているので、インターネット等で利用できる「海難のことならどうぞこちらへ」という海難情報のストックとその利用システムの整備が望まれるのである。先日、体験したことであるが、三十年前に大西洋に就航していた当時世界最大の豪華客船クイーン・メリー号(現在は、ロサンゼルス港に横浜の氷川丸と同じように繋留、公開されているはず)の要目を知りたく、思い余って海事産業研究所(海運ビル)へ電話で尋ねてみたところ、トタに記憶装置からデータを引き出してくれた。さすがよくできていると、感心した次第。

 

私は、昭和四十七年と平成三年に、非才を顧みず、海難に関する専門書を上梓した―自己宣伝の気持ちは毛頭なし―。その中に、海難防止の教訓になればと、タイタニック号、洞爺丸、第十雄洋丸等の重大海難の個別記録のほかに、戦後からの主要海難一覧として、いわゆる海難史を付録表示した―資料の収集整理は大変であった―。購読してくれた海運会社の実務者から「理屈はともかく、海難の歴史記述があるのは助かる」と、著者にとってその意図が通じるうれしい賛辞を受けた記憶がある。海難史の必要な証しと思われる。

このことを付記することで、筆者の肩書きとして海難研究家などと臆面もなく付けた厚顔さを寛恕(かんじょ)願えればありがたき次第。

 

 

 

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