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野間氏の記事の中に、観音崎公園内にある『戦没船員の碑文石』の写真がある。そこの主碑は、昭和四十六年(一九七一)に、海運、水産関係諸団体等の発起によって設立された代表的なもので、第二次世界大戦の戦没船員六万六百人のほかに、昭和五十七年から調査した戦後における殉職船員千六百余人の名簿が奉安されている。

 

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観音崎公園内にある戦没船員の碑には「安らかにねむれわが友よ波静かなれとこしえに」と刻まれている

 

毎年五月十五日、関係者が参集し盛大な追悼式が奉行されており、その存在などについては、たびたびマスコミにより報道されているので、これ以上説明することはない。

ただ、同碑を維持管理する(財)日本殉職船員顕彰会が永年にわたって調査し、全国にある遭難殉職船員の多種多様なモニュメント(外国の艦船を含む)を収録した冊子があることを特記したい。

それによると、公私をあわせ、かなり多数のモニュメントが地区別に次のとおり存在している。

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前記冊子にあるもので、私が拝礼した印象深いもの二、三を紹介する。

イ、洞爺丸等の遭難者慰霊碑(函館港)

昭和二十九年(一九五四)九月、函館港内において、瞬間最大風速五十七メートルに達する台風接近により、鉄道連絡船洞爺丸他四隻が覆没し、乗組員三百五十三人、洞爺丸乗客千九十四人が死亡するわが国海難史上稀有の大惨事が発生した。

これら乗組員および乗客の慰霊碑が、写真に見るように函館港七重浜に建っている。

ロ、インディギルカ号遭難者慰霊碑(北海道宗谷郡猿払村)

昭和十四年十二月十二日、イ号は、秋の漁場を切上げて帰る漁夫およびその家族を乗せてカムチャツカからウラジオストクヘ向け航行中、折からの暴風雪に圧流され、浜鬼志別沖に座礁転覆、七〇〇余人の犠牲者を出す惨事となった。

厳寒の海で激浪と斗い死亡した人と救助に当たった先人の美しい心情を忘れないため、国内とソ連側の船員、漁夫の善意に基づく浄財によって建てられた。

ハ、トルコ国軍艦遭難之碑(和歌山県串本町)

 

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函館港七重浜にある台風海難者慰霊碑

 

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北海道宗谷郡猿払村にあるインディギルカ号遭難者慰霊碑

 

 

 

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