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そういうような状況で、頭取に「本当に原価計算はできているんですか」と聞いてみると、「残念ながらまだ十分にできていません」という答えが普通は返ってきます。「リテールの利益がどのくらい上がっているんですか」と聞くと、「まだ断言できない」、「なぜですか」と言うと「もしかしたらあとで変わるかもしれない」。

つまり、もうすでに実績が出ている期のリテールの利益が300億円なのか、あるいは逆にマイナス500億円なのか、そこが市場には全く分からない。もしかしたら銀行としてもとらえられていないでしょう。原価計算はルールを決めて導入すれば実行可能なものです。しかし、それほど単純ではないらしい。それはやはり各部署の部長間でいろいろとあるわけでしょう。ある部署にコストを押し付けると、別の部署の利益が下がるわけですから。そもそも最適な給与体系を導入する途上にあるとすれば、各部署の人件費が分からないわけですから、各部署の原価計算などしょせんまだ無理だと言えます。

原価計算、従って有効な管理会計ができていなければ、最適な資産配分がつかめない。これでは重要な意思決定などこわくてできないでしょう。

銀行の経営者としては、「リテールで本当に儲かるのだろうか」、「本当に投資銀行に進んでいいのだろうか」というところに不安を残しながら、金融再生委員会のほうから決断を迫られて、否応なく走っているのが今の状況だとも思えるわけです。

なかなか一言で明確に言える次元のことではありませんが、あまり痛みを感じない従来型のシステムの中でできる限り当局から言われるぐらいのリストラは発表し、そして辛い思いをできる限り抑える最小公倍数的な努力をする。これが今回の健全化計画であると思います。そこに一番欠けているのは、経営のコンセプトというか、10年後にマーケットはどうなって、こんな競争相手が出てきて、こんなところに入っていっても無駄だからやめるべきだといった戦略ビジョンで、そういうビジョンのもとに自行の強みを生かしたフレキシブルな経営戦略を打ち立てているわけではないので、何か人に聞かれると、「それはまだ具体的にはお答えできません」とか、「今それは検討中です」とか、「今順次進めているところだ」というような、あいまいな答えが返ってくるのだと思います。もし、戦略のビジョンが固まっていれば、例え概略だけとしても、話すときになめらかに聞いている方に違和感がない話し方になるでしょう。

 

 

 

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