エッセイ 老いのつぶやき・胸の内 本間郁子
特別養護老人ホーム編 6]
「たくさんの苦しみをくぐり抜けて」
今年80歳になるTさん(女性)は、特養ホームに入居して19年になる。発症して47年になる脊椎カリエスとさまざまな病気の治療の副作用のため、骨はボロボロになってしまいほとんど寝たきり状態である。
Tさんには、3人の子供がいた。しかし、満州の収容所で5歳と3歳の子供が相次いではしかにかかり、1週間違いで亡くなった。また、敗戦の混乱の中で夫と離ればなれになってしまい生きているのかどうかもわからないまま、Tさんは、何とか一人息子とともに日本に帰り着き、実家に身を寄せた。
それから3年ほど経ったある日、突然夫が帰ってきた。子供2人を亡くした悲しみは消えなかったけれど、再び家族で暮らせることの幸せに感謝したという。
生活はつつましくとも平穏な暮らしだった。そんな暮らしがずっと続いていくものと信じて疑わなかった。しかし、33歳になったころ、突然脊椎カリエスという病気に襲われてしまった。病状は悪くなる一方で、家事もだんだんできなくなり床に伏せていることが多くなった。医療費がかさみ生活も苦しくなったため夫は出稼ぎに出て、Tさんは子供と一緒に再び実家の世話になった。
こんな生活が5年ほど続いたころ、夫はTさんの元には戻らなくなった。しばらくして、夫から「ブラジルに行く。離婚したい」と言ってきた。一緒に行く女性もおり子供も連れていくというのである。絶望のどん底に突き落とされたような気持ちになったが、子供を育てることのできないTさんは何も言えず、言われるままに離婚に同意した。その時Tさんは38歳だった。