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生活保護を受け、母親の世話になりながら思うことは子供のことばかり。夫の妹に時々連絡を取り、子供の様子を聞く時だけ心の安らぎを感じたという。生きていることの罪と無意味さを感じながら、ただ母親のために生きているような日々であった。黙々と不遇の娘の介護に疲れた母は、ある日倒れるとアッという間に亡くなってしまった。介護する人がいなくなり、Tさんは、特養ホームに入った。

特養ホームに入ってからは、自分よりもっと辛いことを経験した人たちが明るく生きているのを見て励まされ、職員の温かい介護のもとに絵や書道をはじめた。特に書道は一生懸命練習し五段まで取った。合格通知をもらった時は、自分にも何かできるという喜びを初めて感じたという。しかし、病気は脊椎カリエスの他に大腿骨骨折、3年前に右側の乳がん、昨年の2月には左側の乳がんで手術した。体の限界を感じ、何とかブラジルにいる息子に一目会いたいと思い、夫の妹に連絡を取った。妹はホームを訪ねてくれた。息子は事業に失敗し、日本にいる母親に会い、日本で暮らしたいと思っているということを伝えてくれた。さっそく息子に旅費を送ると、息子は孫を連れて家族とともに日本に帰ってきた。38年ぶりだったという。「私は幸せ。生きていてよかった」と、Tさんは自分の人生を振り返り私に語ってくれた。この原稿を書く前、彼女にいるホームに電話してみると、彼女が1週間前に亡くなったことを知らされた。

 

 

 

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