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機関委任事務廃止の決定的意味

 

だが、中央も地方も別段人が変わるわけでもなく、基本的制度や組織もそのままという状況の中で、がらりとすべてが一変するなどありうるはずがない。敗戦と占領という超異常な事態の下で憲法も変わり、地方自治法も制定されながらなお今回の地方分権改革を必要としたように、国の内外の情勢激変を背景に、地方分権改革の推進を不可避にした諸条件の成熟を見たとしても、現状維持を図る努力は手を代え品を代えて進められよう。にもかかわらず、その強力なバックボーンであった機関委任事務制度を廃止したことは、地方自治の発展にとって大げさにいえばまさにコペルニクス的な決定的意味を有すると断じてよい。

機関委任事務の制度は、わが国の中央地方の上下関係・支配服従関係を規定する、そして地方自治の確立・発展を妨げる諸悪の根源であったといえる。それを、今回の改革は、従来国の事務とされてきた機関委任事務をすべて自治体の事務とし、各省庁の強い抵抗もあって自治事務以外に半数近くを法定受託事務として残しはしたが、原則として条例制定の対象とさせたのであった。とにかく、突破口として最重要課題を克服したのであるから、これからは自治体が自らの努力によって自治の拡大・強化に努力することが望まれるのはいうまでもない。

 

分権と市町村の自治能力強化

 

ただ、自治体、とりわけ住民に身近な自治体として分権の最重要な担い手たるべき市町村の現状は、とうてい満足できるものではなさそうである。この分権改革が、5年という限時法で急ピッチに進められることが予想されたにもかかわらず、都道府県の積極的姿勢とは対照的に市町村の取り組みはおしなべて緩慢、というよりはごく一部を除いて日和見的で何らの前進も見られなかった。深刻化する地方財政の危機の中で、同様に財政悪化の国からは財源付与も期待できず、ただ仕事や責任だけを押し付けられるのは御免だとしり込みしていたのが実情だろう。本来ならば、この5年間に、自治事務の拡大と中央の関与の縮小に伴い増大する自主的政策形成能力の強化のために全庁を挙げて努力し、また権限の増大に伴う腐敗や汚職の未然防止のための仕組みを工夫するなど、やっておくべきことは多々あったはずである。だが、こういった準備がないまま475にも上る法律改正の一括推進法が制定され、その施行に当たり必要な条例の制定改廃をここ数ヶ月の間に整えなければならなくなったため、大半の市町村は早くも現れた請負のコンサルタントに一括丸投げという情けない状況にあると聞く。また、恐らく相変わらず国からの準則などに期待している向きも少なくないように思われる。

こういった依頼心は一刻も早く克服されなければならない。前述の改正地方自治法第1条の2の第1項に即した行政の担い手となるためには、それこそそれぞれの全市町村を挙げての努力は即刻始めなければならないであろう。

 

地方六団体の分権推進提言

 

ところで、この市町村や都道府県の政策形成能力強化に当たって、冒頭に述べた「行政」の意味の転換が考慮されるべきように思われる。これまでは、自治体は国からの画一的な施策を受け止めてそれを実施するという原則に立っていた。そこでは、すべての行政の根源は、立法・司法と並ぶ国家作用の一つとしての行政にあるとされた。

ところが、今回の地方分権改革の発端をなした地方六団体の政府への地方分権推進提言は、この考え方を引っくり返して、行政は本来地方のものであり、国は逆に国でしか担えない16項目に限定すべきだという主張を真っ向から打ち出した。そして、その直後の国の第24次地方制度調査会の地方分権推進に関する答申も、やはり今次地方自治改正法の前述の第1条の2の第2項に原則として引き継がれる国の行政の三種類への限定の方向を示したのであった。

行政は国家の独占物であり、それを地方に分担させるという考え方は、わが国の場合ドイツから伝来の民主主義以前の立憲君主制下での後見性原理に立脚していて、それが民主国家に生まれ変わった後も、行政の技術的普遍性を理由に現在まで存続した。だが、改正法に示された自治体の行政は、発想が国家でなく住民に根差すことによって、等しく「行政」とは称しても、その展開の仕方から、ときには中身まで変わってくる、あるいは変わるべきことが予想される。

 

 

 

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