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1. はじめに

 

中規模の造船所を訪問したとき、経営者の方から

「うちは図面なしでも船はできる」

と聞いたことがある。真意は確かめなかったが、

「手慣れた仕事をやるのだから、図面はみんなの頭の中にある」

と思われた。

この「図面なしでも船はできる」発言を“人工物工学”の研究者に、深く考えずに紹介したら、ぜひ現場の話を聞きたいと関心を示されたことがある。“人工物工学”は、いわゆる“モノ作り”として括られる情報活動の根底を研究対象としており“設計プロセス”の意味や意義を問い直す参考に…というのである。

この要望は、その後中断したままであるが、これからの造船にとっても示唆を含んでいるように思う。

 

図面の目的はいろいろあるが、“モノ作り”に絞れば造船では伝統的に“現図が図面”だった。今この本質を考えてみよう。

かっての小造船所が鋼船を作り始めた'50年代。図面はスケッチ程度のポンチ絵しかなく、造船を覚えたての素人技術者が、まずは現図場の真ん中に脚立を置き、その上に立って、船型線図を描く指揮をした。それが最初の手順で、後の船台組付けまで手順を追って同じグループが移動してゆく。よりどころはすべて現図である。

現図場と船台の大きさは対応しており、相互の行き来は密、近接が便利とされた。

[図面=現図]だから作業グループの連携はとれており、設計図面の必要は外向きで、客先や承認機関への最小限で足りた。ちなみに“艤装の現図”は船殻の現物であった。

これが造船技術の原型である。

この原型に見る「現図なしでは造船は成り立たない、図面は対外向きであればよい」本質は、今も変わらない。ブロック建造法に伴って発達してきた「詳細・工作」図は、中心をなす現図の、前後に広がった便宜的なものである。

 

現代は現図場がコンピュータの中にある「数値現図」への過渡期にある。造船CIM:Computer Integrated Manufacturingの核となる3次元プロダクトモデルは“立体現図”と理解すればよい。

造船工作の技術革新は、すべて現図工程に始まる。個々の造船所のあり方は、規模・設備・建造船種・作業員の資質/構成・時代…などの条件ににより千差万別であり、したがって常に最適は変化する。その変化を先導するのが現図を中心とする生産情報の仕組みである。

 

 

 

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