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(2) 理想と現実との乖離

 

旧体制の崩壊によって、人々は新たな価値を掲げ、それを追求し、それらの価値に基づいて新制度を形成しようとする。それらは、当然、旧体制で否定されていた価値であり、自由の「抑圧」に対してさまざまな「自由」の主張が、「計画」に対して「市場」が、「社会主義」の理念に対して「民主主義」が、そして、「中央集権」に対して「地方分権」が、それぞれ求められたとしても不思議はない。

しかし、追求する理想的価値に基づいて現実に制度構築を行おうとするとき、そもそも選択の幅のなかでどのような制度を誰が作るかということについては、錯綜する利害関係のゆえに、当然、政治的抗争がともなう。それを乗り越えて一定の理念に基づく制度が形成されたとしても、それが理念に忠実であって理想に近ければ近いほど、制度の前提をなす現実の社会状況との乖離が生じる。それは、制度の期待通りの作動を生まず、それを補正するために、さらに制度の修正が必要とされる。

では、どのように制度を修正するのか。そこで、再び、政治的抗争が展開されるのである。このような制度形成と現実との乖離、それが生む政治的状況化、そこで修正される制度、さらにそれが作り出す状況化、という悪循環は際限なく、制度の不安定化をもたらしていく。

地方制度の改革についていえば、それまでの抑圧のタガがはずれた結果、簇生した地域自治の要求は、自治権を広く認める制度の創設へと向かった。その際、1つの理念を示したのが「ヨーロッパ地方自治憲章」である。そこに示された原則は、まさに民主主義の理念を具体化したものであり、その原則に従って、地方制度を形成することは、先進的な地方自治の制度をもたらすと考えられたし、EU加盟の条件であることから、ほとんどの国がモデルとした。しかし、中央・地方の対立の長くつらい経験を経た学習によって確立されてきた先進諸国の中央地方関係を律する原則は、そのような経験をもたない体制移行諸国において直ちにうまく適用できるとはかぎらない。そこで、前述したような、複雑な制度が編み出されてきたのであるが、制度と現実が接近した国はさほど多くはないのが実情といえよう。

 

 

 

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