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でした。それは、あの機械を守り抜いたこと、また被災者の痛みが理解できたからだと思います。

私達が引き上げる時も、多くの従業員から「ありがとう」「ありがとう」「ご苦労さまでした」と、声を掛けられ、私も「皆さんもがんばれ!」と、心の中で祈りながら、火災現場を後にしました。

私は、この火災を通して、必死になって自分達の生活を守ろうとした被災者の姿を目の当たりにし、消火活動に対する頑な私の心を開くことができました。

この体験を教訓に、今一度初心に返り、彼とのあの会話を忘れることなく、常に被災者の視点にたった災害現場活動が出来るよう、さらに日々自己研鑽に励み、人の心の痛みがわかる住民サイドにたった、『真の消防士』を目指します。

 

優秀賞

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「障害者とともに生きるために」

ある障害者社会福祉施設で消火訓練を行った時のことでした。施設の職員を対象とした消火訓練も終了し、これで訓練も終わりかなと思っていた私に、車いすに乗った年配の男性が「私にも訓練させて下さいませんか。」と声をかけてきました。

正直、私はその時、大変驚きました。その理由は、障害者が消火器を取り扱えるはずがない、まして火災に立ち向かうなど危険だ、障害者は安全のために逃げるのが第一だと考えており、また彼ら自身も当然そう考えているだろうと思い込んでいたからです。

「危ないですから、火災の時はまず逃げることを考えて下さい。」と喉から出そうになりました。障害者イコール災害弱者という観念が自分の中にあったのです。しかし、その方は一言いました。「私もやっておきたいのです。火災の時に必ず誰かが側にいて助けてくれるとは限らないでしょう。」私は彼の熱意に圧倒され消火器を渡しました。するとどうでしょう、車いすの彼は膝の上に消火器を載せ、あっという間に火元近くまで運ぶと、消火器を足元に置き健常者と同様に操作して上手に消火しました。

すると、その様子を見ていたもう一人の障害者の方からも訓練の申し出がありました。彼は見るからに左手が不自由で、物をつかんだり、持ったりが全くできないようです。片手で消火器が扱えるだろうか。私も今まで片手で消火器を使う方法など指導したことはありませんから、とまどいました。ホースの先を持ち同時にレバーを握る―これを片手だけでどうやって操作すればよいのでしょう。でも彼は簡単にやってのけたのです。消火器を火元近くまで運び、地面に置くと使える手でホースを外し、安全栓を抜き、ホースの先を持つと、レバーを握る代わりにレバーの上に腰をおろしたではありませんか。自分の体重で放射し、彼もまた見事に消火しました。拍手が沸きました。私達に片手でも消火器を使えるということを見せてくれたのです。

彼は、内心不安に思っていた私の心を見透かしたかのようにこう話してくれました。「自分のことは自分が一番わかっていますから、危険なことはしたくない。けれども自分にできることはやっておきたいのです。自分を守るために、そして周りに迷惑を掛けないために。」

この経験は私にとって忘れられないものとなりました。今まで私は、障害者施設での訓練は施設職員を対象とし、障害者には避難訓練だけを考えていました。それが人命安全につながり、障害者を守ることになると。障害の内容や程度は様々で何ができるかの判断は難しいでしょう。しかし、障害者は何もできないと決めつけるのではなく、何ができるかを考えて指導していくべきだと思います。併せて、できないのならどうすればよいかを、消防用の設備や器具の開発・改良も含めて考えていく必要があるでしょう。

1994年に高齢者や身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律―ハートビル法が制定されました。百貨店や病院、ホテルなどの公共性の高い建築物のバリアフリー化が図られ、建物も人にや

 

 

 

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