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タイプともいえよう。

いずれにせよ,アジア社会を文明史的にみると,一方の極にストック中心型の“陸の世界”があり,古代文明発生の地となった。また,一方,反対の極には,フロー中心型の“海の世界”があり,中印二大文明に交流の場を提供しただけではなかった。はるか西方のアラビアからのイスラーム文明の東方への伝播にも,大きな役割りを果たしたのである。なお,こうした世界史の流れに先立ち,大陸部東南アジアの大部分には,おもに海路により,ヒンドゥイズムや仏教(ある時は大乗系,また他の時は上座部系の)に代表されるインド文明がもたらされ,古代王朝や古代国家の成立に大いに寄与したのである。

ただ,インドシナ半島における例外はベトナムである。ベトナムには,北方から約十一世紀の長きにわたり,漢族が政治的,軍事的圧力を加えてきた。ベトナム人たちは,それに屈服することなく,抵抗を続けたのである。その間,かれらは東南アジア的軟構造をもった基層社会を漢化し,硬構造化(組織化)したのである。かくして,ベトナム人たちは“北属南進”を始め,大陸部東南アジア東部に三教(儒教,道教,大乗仏教)に代表されるような文化をもつ“小中国的”世界を形成したのである。

このように,アジア社会を文明史的に顧みると,“陸の世界”は中印二大文明の発生の地として,世界史の発展に多大な貢献をしてきたことはよく知られている。一方,“海の世界”は,アジアにおけるこれら二大文明の交流の場を与えただけではなかった。インド洋の彼方アラビア,そして,さらには,西方のヨーロッパ世界とアジア,とりわけ“中国的”世界を核とした東アジアとの東西交流の中継点として,世界史的にきわめて重要な役割を果たしてきたのである。

 

(注)

?この小論を作成するにあたり,学識の深い畏友たちとの共同研究に触発されることが多かった。とくに斯波義信教授(国際キリスト教大学)と高谷好一教授(滋賀県立大学)と,1997年2月と3月に横浜で二回4日間にわたっておこなった鼎談には,負うところが大きい。とはいえ,もちろん,このエッセイに書かれた内容の文責は筆者にあることはいうまでもない。またこの小論中の“世界”という用語は,高谷好一教授の下記の書籍を参照させてもらった。高谷好一(1996):『「世界単位」から世界を見る-地域研究の視座-』京都大学出版会

?中国やインドについて,あえて“中国的”世界や“インド的”世界と表現したのは,現在の国民国家である中国やインドとは異なるという意味である。これらの用語は,むしろ,それらが文化圏であり,また文明圏を意味している。

?(cf.Embree,John F.(1950)

"Thailand:A Loosely Structured Social System,"American Anthropologist No.52

 

 

 

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