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3-3-5 海洋の社会科学の提唱

海洋は古くから人類の活躍の場であった。そして最近のグローバル化の動向の中で,海はますます狭くなり,また海を越えた人々の結びつきはますます強くなった。しかし現代の社会科学の中で,海洋というものは必ずしも十分に,あるいは正当に扱われていないように思われる。簡単にいってしまえば,現在の社会科学は陸を対象とした学問で,海を対象としたものではないのである。

これは社会科学というものが,本来近代西欧における国民国家nation statesの成熟とともに発達したものであって,国家単位の政治を対象とする政治学,国民経済を対象とする経済学,国家間の関係を問題とする国際政治学などが成立してきたのであった。そうして国民国家というものはほとんど例外なく一定の範囲にまとまった陸地を領域としている。海は海外overseasという言葉にも表されるように,国の「外」と理解され,そしてごく最近200海里漁業権の問題が生ずるまで,海洋の大部分は公海open seaとして,誰のものでもない開かれた場所とみなされていたのである。そこで社会科学が国民国家をその対象の基本単位とみなす限り,海に対する関心は周辺的なものとならざるを得なかったのであり,そして海洋に生きる人々は,マリノフスキーやマーガレット・ミードのような,国民国家以前の「未開社会」を対象とする文化人類学者の関心領域としかならなかったのである。

しかしこのことは誤りであったとはいわないまでも不適切であったというべきであり,海洋そのものを人類の活動の場として,正面から社会科学的に取り上げる必要があると思う。グローバル化の中で世界がますます一体化しつつある現在,国家という枠組みを越えて地球をみるとき,地表の70%以上を占める海それ自体として正面から取り上げて,人間社会にとってのその意味と役割とを科学的に研究する必要性が増している。

海洋に関する社会科学も,いろいろな面から考えられる。すなわち海洋政治学,海洋経済学等である。

海洋は古くから人々の交渉の場であり,また勢力争いの場であった。古くから海洋勢力と陸上勢力とは政治的覇権を求めて争った。海のギリシャと陸のペルシャ,海のフェニキア,カルタゴと陸のローマ,海のイギリスと陸のフランス等はそれぞれの時代における西ヨーロッパの覇権,そしてヨーロッパ内における覇権国の地位は海洋を支配することによって獲得された。「7つの海」を支配したイギリスは「Pax Britanica」を確立し,世界にまたがる大英帝国を建設することができた。イギリスに代わったアメリカも,太平洋,太西洋を支配して超大国としての地位を得て,大陸帝国としてのソ連と対抗し,冷戦で勝つことができた。「海を制するものは世界を支配する」というのは少なくとも近代においては,真理であった。現在,空の交通の発展に伴い,海の重要性は忘れられようとしている。しかし冷戦が終結した後新しい世界情勢の中で,世界政治における海洋の意義を軽視してはならない。新しい時代に向かって世界政治における海洋についての展望を開かねばならない。

海洋は古くから交易の通路として,人々と人々,国と国とを隔てるものであると同時にまた結びつける場でもあった。人間の国際的な交通の比重が海から空へ移った現在合でも,物資の運搬,交易路としての海洋の重要性は少なくなっていないのみか,技術の発達とともにその重要性は増している。海路の船による運搬が,陸路や況や空路による運搬に比べてはるかにコストが低いことは今も昔も代わりはない。そして技術の発達による,その速度,確実性,安全性ははるかに増大して,今や大洋も内海のようになっている。そして海上交通のグローバル化は陸上よりも大きく進んでいるので,海上交通を国と国との間の「国際交易」と考えるよりも,それ自体が周辺地域を結びつけるものという観点からみるべきであり,そのような意味で世界のいろいろな海をみるべきである。

海洋はまた多くの資源の宝庫である。しかし最近まで海洋は海岸における製塩などのほかは陸上でいえば狩猟採取段階に当たる漁業の場として利用されてきたに過ぎなかった。それは誰のものでもないところにある資源を,ただ拾ってくるだけの活動に過ぎなかった。最近水産資源の枯渇が,心配されるようになって,ようやく海洋資源に対する沿海国の権利が200海里水域という形で規定され,また各種の水産資源の保護もいわれるようになった。しかし海洋の資源をどのように管理し,有効に利用すべきかについての議論はまだようやく始まったばかりである。陸上の牧畜に当たる養殖漁業もまだ規模が小さく,原始的な段階にとどまっている。海洋中の生態系を利用して,再生可能な資源である海洋生物をどのように管理するかについての研究はまだ始まったばかりである。このような問題は沿海国の利益の観点からではなく全人類の共通財産としての海洋という視点からなされねばならない。

海洋については生物資源だけでなく,海水中に含まれる鉱物,あるいは大洋の海底の資源なども問題である。それについてもまだ未解明の部分が多い。

海洋資源については,その存在の解明や資源利用の技術的方法とともに,その利用についての国際的ルールの確立が必要である。それは国際法の新しい領域を開くことになると思われる。

海洋の社会科学的研究にとって必要なことはデータの整備である。社会に関する基礎的データを与える統計は原則として陸上の国家を単位として作られている。漁獲の統計にしても漁業者が本拠を持つ陸上の国ごとにまとめられている。そこから例えば特定の海域における漁獲量を推定することは不可能でないにしても著しく困難である。国ごとの統計を

 

 

 

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