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2. “陸の世界”

すでに述べたように,ここでいう“陸の世界”とは,“中国的”世界であり,また“インド的”世界でもある。

これら二つの世界は,その生態系に関していろいろな共通点が存在している。すなわち,両地域とも,アジアのモンスーン気候帯に属し,夏雨型の自然条件は,たいへん農耕に適した生態系のもとにあるといえよう。夏季の高温が豊富な降水量と結びつき,きわめて豊かな穀作地帯を形成している。もっとも,その北部もしくは西北部は乾燥地帯に属しているので小麦や大麦などを中心とした畑作農業だけではなく,牧畜に従事する者も少なくない。

一方,“中国的”世界と“インド的”世界の南方もしくは東南方は,湿潤地帯に属しているために,一般的には,水田稲作農業が発展した。

こうした二つの異った生態系のもとにおいても,大部分の人々は農業に従事し,定着的な生活を送っている。しかも,これら両地域が生産する主産物の米麦は,ともに穀物であり,長期間の貯蔵が可能である。さらに,こうした農耕文化を維持する必要から,水利管理やそれにともなう政治組織の整備が不可欠になる。このような自然的・社会的諸条件が,やがて階層分化を促進させたのであろう。蓄積された食糧は,一部の人々を日常的な農業労働から解放し,ある者は専業の支配者や聖職者として,またある者は水利専門家であることが可能になった。

こうした社会的傾向を,さらに促進させたのは,第一に厳しい大陸的自然環境である。好い天候に恵まれた年には,確かに豊饒な実りを人々に約束する。だが,一旦,降水量が不足した場合には,過酷な早魃に見舞われる。また,降水量が過剰な場合には,容易に大洪水の打撃を受けるのである。その規模の大きさ,被害地の広大さは,島嶼の比ではない。しかも,天候不順につきものなのは,作物の病虫害である。陸続きであるために,その被害は容易に蔓延し,またその規模も広範囲にわたることが多い。

“陸の世界”においては,このような自然災害に加えて,前に触れたように,北方遊牧民による“ステップの暴力”という社会的な災害も少なくなかった。さらに,天災による飢饉などの時には,近隣集団との生死をかけた闘争も避けることはできなかった。

このような“陸の世界”の厳しい社会的条件は,人々をして,“海の世界”以上に常時臨戦体制をとらせる結果となる。たとえば,“中国的”世界における中原とか,“インド的”世界におけるガンジス平原においては,そこに住む人々は常に家族のような第一次集団やムラのような近隣集団を越えた第二次集団を形成しなければならなかった。父系親

 

 

 

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