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親がOKしたのは、「生活ホームの情報が掴めていた。」「職場にホーム居住の人がいた。」「職員集団も親たちと学習会をもち、本人と共に入所施設やホームを見学していた。」といった理由からでした。

また「地福協」や川崎市生活ホーム連絡会(市内専任世話人を中心とした任意団体・会員制)が研修会を開いたり、小冊子(『扉をあけて―生活ホームの現状と展望―』1992年発行。『生活ホームってなあに?』1997年改訂)を発行、交流行事を積極的に進めた……等々により、まだ心配や不安はあっても、「親の居るうちならまだ修復がきく」とゴーサインを出したともいえます。

家庭事情も変化しています。兄弟が次々と独立するのに従い、両親が本人だけを囲い込む生活に疑問をもったり、あるいは両親側に老親介護の必要が生じたりと、本人独立へ拍車をかける要件が重なったこともあるでしょう。そして、本人が土、日曜も帰宅せず、ホームで楽しそうに暮らしているのをみて、次々と希望者が増えてきています。

「地福協」を設置運営主体として、毎年平均3ヶ所というペースで生活ホームが増えていきましたが、各ホームの設立過程の特徴として一応、?@共同作業所がバックアップ、?A入所施設職員・親有志がバックアップ、?B個人独力開設でバックアップなし、に分類されますが、それぞれのホームは独自に多様な実践をしています。

しかし、ここ数年、親たちの期待とともに疑問や不安も広がっています。「生活ホームは、障害の軽い人しか入れないのでは。」あるいは「障害の重い人も入れるのだろうか。」「入居期限があるのだろうか。」「長期にわたって利用できるのだろうか。年をとって、親なき後も住み続けることができるのだろうか。」など家庭の事情を考えた上での指摘です。学校や職場・作業所単位で親達がホームの見学に来ますし、ホーム側もそれを歓迎し、率直な意見を交換しています。

親子共々、「大人としての距離をもって付き合っていくためにもホームは必要」という意識の変化が生まれつつあることは事実です。

 

2. ニーズに応えるホーム側の実践―人権フォーラムから―

 

昨年平成9(1997)年12月、川崎市生活ホーム連絡会(世話人の会)は、前述の親たちの疑問や期待に応えるかたちで、研修会「人権フォーラム―生活ホームってなあに?」を開催しました。発題者は全員市内の専任世話人で、アドバイザーは11年間世話人の経験がある横浜国際福祉専門学校の永野翔子さんにお願いしました。そこでの発言の要点をまとめてみました。

 

(1) 障害が重くても地域社会で暮しを楽しむ

●発表者/重度の障害をもつ女性4名のホームの世話人、経験12年、56歳。近隣から通勤している。メンバーは金土日曜1人のみ帰宅。夏期・正月各1週間の帰宅。

1.5人の援助体制。2年前に個室確保のため新しい住居へ引っ越す。

 

●内容/川崎市内31ヶ所(居住者136人)のうち重度の障害をもつ人達のホームは25ヶ所(37人)で27.2%となっている。5年前の平成4(1992)年では17.6%だったので約10ポイント増加していることになる。国のグループホーム制度の重度加算に伴い、平成8(1996)年10月から川崎市でも重度の障害をもつ人は1人当たり委託費月額87,000円に63,260円が加算されることになった。

このホームは重度の障害をもつ人が1人だったが、他の3人も中度+身体障害3級以上の人で加算の対象となったので、予期していなかった4人分の重度加算収入が入ることになった。早速、運営委員会(市内ホームは代表・専任世話人も含めた10名余の運営委員で構成されている。親や地域住民も加わっている)を開き、今年度に限って次のように活用することに決定した。?@加算1人分は毎月積み立て、専任世話人の退職金に当てる。

 

 

 

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