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は、死後のことをさも事もなげに、時には冗談をまじえて、前向きに捉えておられました。自分の体を切り刻まれるという恐怖感を感じさせない、むしろ、僕達学生の方が気押されを感じたくらいでした。中には、体が不自由な方もおられました。実際の解剖体でも体が不自由だったと思われる方もありました。そのような方々は、言い方は悪いが、他の方々よりも死が身近にあったと思います。入会するにあたって、家族の反対も勿論あったのではないかと思いますし、まず自分の死を前提にいれての入会であったと思います。そんなことを考えていると、死を超越した会員の皆さんがかえって生き生きとみえてきたし、医学の発展に貢献するのだという何か誇らしげな感じを受けました。その時の経験も実習に対する心構えをさせてくれるものでありました。

十月二十一日、いよいよ解剖学実習が始まりました。それまでに習っていた発生学や局所解剖学の知識を実際に確かめられる、実物を見て勉強できるという何ともいえぬ興奮と、そして何ともいえぬ畏れがありました。その日は朝から緊張していましたし、先生の実習前の説明も上の空でしたし、周りの皆も多少緊張気味だったようです。解剖学実習に対する心構えや注意点などの先生の話が終わり、そしていよいよ実習室に入りました。そこには、緑のシートに包まれた二十六体のご遺体が横たわって、何ともいえぬ光景でした。今までには勿論経験したことがない空間がそこにはあったのです。「自分にできるの

 

 

 

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