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みでした。本当は御遺体は微笑んではいなかったのかもしれませんが、私には御遺体が私達の緊張を解かすために笑ってくれたように感じたのかもしれません。

さて、私達は献体して下さった御本人には勿論感謝しなければならないのですが、その御家族の方にも当然感謝しなければなりません。御家族の方はどのようなおもいでいらっしゃるのだろと私は考えました。しかし、私は慰霊祭の時の爽やかなお顔を拝見したことでその答はでたような気がしました。私達は献体していただいた御本人とのその御家族の意志と私達に対する期待を常に感じながら実習を行っていかなければなりません。

では、その期待にどのように応えればよいのでしょうか。「路傍の石」という小説があります。その話の中で先生が少年に言った言葉で「人生は一度きりである。その一度きりの人生を無駄にしてはいけない」という言葉があります。解剖実習において、まさにその言葉を御遺体、その御家族の方、または先生方が身をもって私達に教えてくれたような気がします。つまり、解剖実習は一度きり、学生時代も一度きり、さらに一生も一度きりしかありません。その一度きりの機会を無駄にせず、その瞬間というものを大切にするということ、また御遺体とその御家族の方が私達に与えてくださった大きな心を私達が実感し、そのような優しさをもった医師を目指さなければならない事を教わりました。

医師というものは知識と技術を習得することは必要です。しかし、それ以上に大きな心

 

 

 

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