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見方、考え方の一つの転換期となり、改めて「医学を学ぶのだ」という実感を初めて得る期間であったと思う。しかし、この実習は献体があってこそ実現するのであって、これがなければ貴重な体験も存在し得ない。

私の母は以前より「もしも息子二人が医学部の御世話になったら、私も献体しなきゃね」と言っていた。私が仮に遺族の立場であったならば、″献体をする″という行為には大変な勇気を必要とするものであると想像される。解剖する側の立場に立つという経験をした私はいても、解剖される御遺体の遺族の側に立った私はいない。そしてもしその立場に立たされたとするならば何を望むかを考えた。教授が常におっしゃっていた質の高い解剖、御遺体への敬意、そして感謝の気持ち、正にこれであった。人間は死んで以後、一般的には何の役にも立たないものだが、我々は亡くなった後役に立とうとして下さる篤志献体された御遺体に対してこの気持ちを常に持つべきである。御遺体の経歴について我々は性別、年令、死因のみを与えられ、他は一切知らされていない。中には恵まれない御遺体も存在するかもしれないが、殆どは遺族が「心から役に立てたいにという願いを胸に献体して下さったのであるから、「自分の肉親を解剖するつもりで実習することこそ、最も質の高い解剖がなされる方法である」と私は思った。

最後にこの実習は、私にとって生涯かけがえのない貴重な経験であり、この実習で学んだことを医師となった後に大いに活かし、生

 

 

 

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