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フランスの出生動向と家族政策−少子・高齢化に関する国際研究−

 事業名 高齢化社会対策推進のための調査研究等
 団体名 エイジング総合研究センター 注目度注目度5


は社会保障の財源に大きな問題を提起している。1982年には年金所得者1人に対して2.12人の拠出者があった。しかしこの割合は、2025年には、合計特殊出生率が現在と同じ1.65から1.7の間と仮定しても、3人の年金受給者に対して4人の就業者しかいないことになる。

 

3. 人口変動の要因

 

● 出生率の低下

フランスでは出生率低下が遅くとも18世紀半ばに始まり、19世紀には出生率が低下し続けた。今世紀に入ってからは、出生率は大きな減少を2回経験している。1回目の減少は1920年代後半から1930年代にかけておこり、人口政策の見地から家族手当法(1932年)、さらに家族法典(1939年)を制定させた。その後、第二次世界大戦後のベビーブーム期に出生率は持ち直すが、高度経済成長期と重なって1960年代に2回目の減少が始まり、特に1970年以降には急速な低下傾向を示すようになった【図表1-2参照】。

1965年から始まった合計特殊出生率の低下は、1972年以降に低下傾向が決定的になった【図表1-3参照】。ついに1975年には2.0を下回った合計出生率は、現在では1.7(1995年推定値)となった。純再生産率は15年前からO.9を下回り、フランスの人口維持は不可能になった。

 

● 死亡率の低下と長寿化

今世紀を通して、医療技術が向上し、生活条件も改善されたために、死亡率(人口1,000人当たり)は、1900年の21.9から、1995年の9.1へと半減した【図表1-2参照】。

平均寿命も長くなった。1900年と1995年を比較すると、男性は45.9歳から73.8歳へ、女性は49.5歳から81.9歳へと延長している【図表1-3参照】。このように100年足らずの間に平均寿命が30年も延びたのは、赤ん坊や幼い子どもの死亡率が低下したことが大きな原因になっている。19世紀初頭には、フランス女性は平均4人以上の子どもを出産していたといわれる。しかし死亡率が高かったために、生まれた4人の子どものうち、自らが親となれる年齢まで生きられるのは、かろうじて2人に過ぎなかった。生きて生まれた子ども1,000人に対する乳幼児死亡数(1歳未満)は、1900年は162人であったが、1960年には27.4人、1980年には10人、1995年には4.9人と減少し続けた【図表1-3参照】。

 

● 外国人人口移動による影響

フランスは伝統的に移民を受け入れる国である。すでに18世紀には、移民によって出生率の低下と結婚年齢の遅れを取り戻そうとしていた。19世紀後半の第2帝政期には、フランスの人口の1%(約40万人)が外国からやって来た人々であった。

 

 

 

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