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第2節 事業の軌跡
(1)ハンセン病制圧対策への支援
 ハンセン病は、人類の歴史の中で、もっとも古くから恐れられた病気の1つであり、伝染病として忌み嫌われてきた。治療せずに放置すると皮膚に斑紋が現れ、後遺症が残ることもあるため、伝染力は極めて弱いにもかかわらず、多くの患者が一般社会から排斥され、隔離され続けてきた。
 このような状況のもと、日本財団は1960年代から海外のハンセン病施設への支援を始め、1975年からは世界保健機関(WHO)のハンセン病制圧活動の主要パートナーとして支援を続けてきた。
 1975年当時には、世界で1,100万人以上いると言われていたハンセン病患者だが、1980年代のMDT(※1)という複合科学治療法の確立により、ハンセン病は「治る病」になった。1991年には、WHOの総会にて「20世紀中のハンセン病の制圧」という目標が決議されるに至り、本財団は全世界において治らい薬を無料配布するため、1995年以降の5年間で5,000万米ドルを支援した。1975年以降の27年間では、海外のハンセン病対策支援のために総額約1億1,810万米ドルを支出している。
 現在、世界全体で有病率を人口1万人あたり1人以下に減らすという制圧目標が達成された。国別で見るとこのレベルに達していない国が6カ国(※2)残っているが、これらの国々においても、2005年末までに制圧できる状況になった。
 この目標達成に向けて、1999年はWHO、国際救らい団体連合、製薬会社のノバルティス、日本財団等によりグローバル・アライアンスが結成され、協力体制はいっそう強化された。2001年からは、本財団・笹川陽平理事長がハンセン病制圧特別大使に任命されており、引き続き積極的にハンセン病制圧を支援している。
 このように医学的な面では大きな成果を収めつつあるハンセン病制圧対策だが、社会的な面では依然として偏見に基づく差別が根強く残っており、長年隔離されてきた患者や回復者を社会に復帰させるという課題は、まだ達成されていない。
 ハンセン病に対する社会的偏見を克服するために、本財団は、ハンセン病制圧の歴史、患者・回復者の写真や作品等の展示会開催に対して、1997年から2001年まで約80万米ドルの助成を行った。
 今後も引き続き、2005年のハンセン病制圧を1つの通過点として理解し、根拠のない差別を払拭しながらハンセン病患者・回復者の尊厳回復をめざしていく。
※1 MDT:Multi-Drug Therapyの略。笹川記念保健協力財団を含む多くの研究機関により開発された複数の薬剤(ダプソン、クロファジミン、リファンピシン)を併用するハンセン病治療法)
※2 6カ国:インド、ブラジル、ミャンマー、ネパール、モザンビーク、マダガスカル
 
ハァザプールハンセン病病院(インド・パトナ地区)
(2)アフリカの食糧増産の実現をめざして
 1980年代にアフリカを襲った大干ばつ。ブラウン管に映る、手足は枯れ枝のように細いのに、おなかだけは異様に膨らんだ子供たちの姿は世界中の人々に衝撃を与えた。緊急救援物資が世界各国から届いたが、それらは一時しのぎには役立っても、問題の根本的な解決にはならない。「飢えている者に魚を与えるのではなく、魚を捕る方法を教える」このような考え方の下、緑の革命でノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーログ博士、元アメリカ大統領のジミー・カーター氏の協力を得て始まったのが「笹川グローバル2000農業プロジェクト(SG2000)」である。
 SG2000では、主食作物の増産を実現し、零細農民の生活レベルの向上を果たすため、近代的な農業技術の普及、収穫した作物の加工・保存技術の指導や農業普及員の育成などを行う。
 実験は農民が自らの土地において自ら取り組むため、農業技術の普及・定着率が良いのが特徴である。
 1986年にガーナ、スーダンで開始して以来、サハラ砂漠以南の地域を中心とする延べ14カ国において事業を実施してきたが、伝統的な農法と比較し、収穫量が2〜3倍になるなど着実に実績を重ねている。この長年にわたる努力が認められ、2001年にはSG2000のスタッフが世界銀行のタンザニア農業プロジェクトに技術顧問として招かれるなど、世界的にも評価が高まっている。
 日本財団はこのSG2000に対し、1986年以来総額1億37万5,000ドル(2001年度は750万ドル)の助成を行ってきた。
 2002年7月にはアフリカ連合が発足するなど、アフリカも自らの開発・発展へ向けて新たな取り組みを始めている。
 国民の70%以上が農業に従事するアフリカの貧困問題を解決するためには、農業問題を避けて通ることはできず、今後はますます各国の農業政策が問われることとなる。SG2000もこれまでのような農業技術の指導・普及だけでなく、事業を通じて培った人脈を生かして農業政策にも働きかけていく。
 
トウモロコシの出来具合を調べる農業普及員(ナイジェリア)
 
収穫したナッツを加工する女性グループ(ガーナ)
(3)アジアにおける知的リーダーの交流
  〜日本財団アジア・フェローシップ
 21世紀を迎えたアジア諸国は、目覚ましい経済的・社会的発展を遂げつつあるが、同時にさまざまな国内問題と国境を超える共通課題に直面している。
 国家レベルでは、東南アジア諸国連合などが統合の道を模索し、協力体制を確立する努力を行っているが、各国それぞれの利害が及ぶ問題となると不協和音が目立つ。
 一方、民間レベルでは、アジアの人々や組織間の緊密な相互交流と協力関係は弱体である。何より、アジアの人々が持つ他のアジア諸国に関する知識や情報はいまだに限られており、人材のネットワークも未成熟なのが実態である。
 日本財団アジア・フェローシップは、アジア諸国で専門家としての知識と経験に基づき、社会や地域が抱えるさまざまな問題に積極的な関わりを持つ知的リーダーのための研究奨学制度である。2000年7月に発足し、2002年現在、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、日本の5カ国で展開している。
 この事業は、これらの国々の地域社会で活躍する知的リーダーをフェローとして選抜し、自国以外の4カ国での研究交流の機会を与えることを内容としている。フェローには、最長1年間の研究交流ができる奨学金が支給され、彼らが関わる社会的・文化的課題に関して、他のアジア諸国の人々と問題意識を共有し、協働する経験を通して、最終的にはその解決方法の提示が求められる。
 発足以来2年の間に約60名がフェローとして選抜され、研究調査に従事している。この事業は、通常の奨学研究制度と異なり、学者・研究者のみを対象としてはいないので、フェローはNGO活動家、ジャーナリスト、宗教家、芸術家など多岐にわたる。また、研究調査のテーマも、グローバリゼーションと宗教、民族の帰属意識と文化、宗教・民族対立、資源の有効保全と社会発展の共存、文化遺産保護、女性の社会進出などさまざまである。
 この事業に参加する各国の知的リーダーが、他国の人々と学び合うことを通じて、さまざまな課題に解決法を見出し、それを地域社会に還元していくことが成果として期待される。
 本財団は、当初数年間の事業成果を踏まえて、参加国の数を増やしていく予定だが、国境を超えた人々の緊密な人的ネットワークが、今後のアジアの社会発展のための大きな原動力になると確信している。
 
日本財団アジア・フェローシップ(APIフェローシップ)開始式
(4)肢体障害者の生活を支える義肢装具士のリーダーを養成
 カンボジアをはじめ東南アジア諸国には地雷、小児麻痺、感染症、栄養失調などのため、現在約45万人が義肢や装具を必要としていると推定されている。これらの人々に義手義足や装具を装着し、社会復帰を支援するのが義肢装具士の役割である。
 カンボジアの首都プノンペンにあるカルメット病院内のカンボジア義肢装具士養成学校では1994年以降、カンボジア人の義肢装具士を養成してきた。
 同校は、国際義肢装具協会に正式に認定された東南アジアでは初めての3年制の義肢装具士養成学校であり、同地域内で質の高い義肢装具士を養成する初の試みである。カンボジアはさまざまな分野において人材や技術の多くを国外へ求めているが、義肢装具士養成に関しては高い技術と豊富な経験を誇る同校への近隣諸国からの入学希望者は多い。
 日本財団は、カンボジア国内だけでなく、義肢装具士に対するニーズが多い東南アジア各地からカンボジアの同校へ生徒を受け入れるプログラムに対し支援を実施してきた。1999年度から2001年度の3年間にラオス10名、スリランカ5名、ミャンマー5名、ソロモン諸島1名を含む34人の生徒が入学した。
 生徒は卒業後、学んだ技術や経験を活用し母国で義肢装具支援活動のリーダーになることが期待される。これを通してアジア各地の義肢装具支援活動の質を向上していくことが本プロジェクトの目標である。
 また、2002年6月にはタイのマヒドン大学とシリンドン国立医学リハビリテーションセンターの協力で、タイで初めてとなる義肢装具士養成プログラムが開講された。学生は4年の在学期間の前半をマヒドン大学で勉強し、後半は主にシリンドン国立リハビリテーションセンターで実習に費やす。このプログラムを卒業した生徒はマヒドン大学から学士号を授与され、タイの国家公務員として各地のリハビリテーションセンターで義肢装具の製作に励む。学士が授与される4年制のプログラムは、東南アジアで初めての試みであり、より技術レベルの高い義肢装具士の養成につなげることを意図している。
 
義肢装具士養成学校にて新しい義足の装着(カンボジア)
 
義足の製作現場(カンボジア)
(5)聴覚障害者のための国際大学連合の設立
 近年、世界の各地で聴覚障害者のための高等教育が始められているが、詳細を見ると各国が独自のカリキュラムや教授法のもとで教育の場を提供しているにすぎない。特に理工系大学では、科学技術の日進月歩な進歩に対応できる高度な技術を習得できるようなカリキュラムが必要となっている。
 こうした状況の中で、日本財団は米国のロチェスター工科大学に協力し、世界の聴覚障害者のために国際的な大学のネットワークづくりを支援することとした。健聴者と同等の授業を提供し、多くの卒業生が理工系分野の専門家として活躍している同大学は、聴覚障害者教育のモデルケースとして各国の教育機関から注目を集めている。
 本事業は、同大学の姉妹校である日本の筑波技術短期大学と協力し、ロシア・中国・フィリピン等の世界の大学とネットワークを組み、情報技術を使った聴覚障害者教育の技術開発や教員研修、また各国間の相互理解や情報交換を目的とした交流活動等を行うものである。
 例えば、各大学をネットワークで結び、テレビ電話システムを使用した会議や教員研修、相互理解のための情報交換が行われている。
 このようにして各国最低1校が聴覚障害者への高等教育の先端技術を習得し、その国の中心施設として、その他の聴覚障害者の学校や施設等へカリキュラムや教授法、また先端技術を提供することにより、各国の聴覚障害者高等教育の向上および普及が目的とされている。
 また、現在各国独自で開発・実施されているカリキュラムや教授法の基本を統一することで、世界全体の聴覚障害者への高等教育の向上を図ることができる。
 このようなネットワークづくりは世界で初めての試みであり、今後参加校を増やすことによって聴覚障害者教育を向上させ、社会に通用する人材をより多く育成していく計画である。



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