日本財団 図書館


資料2-4 シンガポールからのプレゼンテーション関係資料
(仮訳)
マラッカ・シンガポール海峡の航行安全向上の協力メカニズムにおける海運企業の役割
ロバート・ベックマン
S・ラジャラトナム国際研究大学院(RSIS)
 
民間企業が航行援助施設に責任を負わなければならない理由
 
 企業がマラッカ・シンガポール海峡の航行安全に寄与する航行援助施設及びその他の措置の維持管理に責任を負わなければならない理由は幾つかある。
 
公平性
 
 まず、沿岸国にマラッカ・シンガポール海峡の航行援助施設のコストの全てを負担するよう要求するのは、率直に言って公平でない。当海峡を通航する船舶の大半は、沿岸3ヵ国のどの港にも停泊しない「通過船舶」である。沿岸国は海峡を通航して自国の港湾に入港する船舶からは利益を受け、また、入港税を徴収することができる。しかし、沿岸国のどの港湾にも停泊せずに海峡を通過する船舶は、通航に対して何も支払わない。
 
 沿岸国は当海峡の航行援助施設を維持管理、更新、改良することを継続していくよう求められている。当海峡の航行援助施設があるおかげで、欧州や中東から北東アジアに向かう船舶はマラッカ・シンガポール海峡を通航することができ、ロンボク・マカッサル海峡経由の長い航路を利用しないことにより、航行期間を3日間短縮することができる。毎年、数千隻の石油タンカーや危険物を輸送するその他の船舶が当海峡を通航し、沿岸国の海洋及び沿岸域の環境にリスクを与えている。沿岸国は、当海峡を通航する船舶からのそういったリスクを負っているが、船舶通航による利益は受けていない。当海峡の船舶の通航支援のために、沿岸国が航行援助施設の提供、維持管理、更新の負担をしなければならないのに対し、当該航行援助施設の恩恵を受ける船舶の所有者である海運会社が「フリーライダー」として当海峡を通航するのは、不公平である。
 
 日本企業及び日本財団などの非政府機関は、長年、マラッカ海峡協議会1を通じて当海峡の航行援助施設について貢献してきた。日本の企業が貢献する一方で、他国の企業は何も負担しないとしたら、日本の企業が競争上不利になる。これも不公平である。
 
企業の社会的責任
 
 企業の社会的責任(CSR)とは、民間企業が、その活動が地域の環境や経済に影響を与える可能性のある地域社会の構成員を含めた全ての利害関係者に対して、事業活動のあらゆる面について注意義務を負うことを示す概念である。CSRの推進者は、企業が財務・経済的要因だけではなく、事業活動の社会、環境上の影響にも配慮して決定を行うべきだと主張している。
 
 企業責任に対する民間構想の出現は過去25年間の国際ビジネスで重要な傾向となっている。この構想には、行動規範の開発、同規範の遵守を高める管理システム、非財務情報の報告基準などが含まれる。一部の企業にとって、CSRを公約することは「3種類の収支決算」報告書を作成する必要性を伴う。実際的な言い方をすれば、3種類の収支決算報告とは、伝統的な企業報告書の枠組みを拡大し、財務上の業績に加えて、環境及び社会上の業績を考慮することを意味する。
 
 CSRの概念は、国連グローバル・コンパクト2とも関係がある。国連グローバル・コンパクトとは、全世界の企業に対し、持続可能で、社会的責任を負う方針を採用し、同方針について報告するよう促す構想のことである。グローバル・コンパクトは国連のコフィ・アナン事務総長が1999年1月31日に世界経済フォーラムの演説で初めて発表し、2000年7月26日にニュー・ヨークの国連本部で正式に発足した。グローバル・コンパクトは企業がグローバリゼーションの課題に対応する上で重要な存在となるため、責任ある企業市民行動を促進するよう求めている。
 
 CSRは、欧州で特によく知られている。2000年3月のリスボン・サミットにおいて、欧州の首脳及び政府は企業連合と利害関係者に対してCSRを企業慣行と方針作成の主流にするよう要求した。3
 
 国連グローバル・コンパクトに参加した最初の日本の海運会社は商船三井(MOL)であった。MOLは企業の社会的責任(CSR)が持続可能な成長の鍵であることを認識している。MOLはより有効なコーポレートガバナンス、強化されたコンプライアンス・システム、より安全な航行、環境保護を進める最初の企業の一つであった。CSRへのより有効なグループ規模のアプローチを推進するため、MOLは、CSR・環境対策委員会を設立するとともに、経営企画部にCSR・環境室を設置した。4
 
 IMO(国際海事機関)の事務局長エフティミオス・E・ミトロポリスも海運業界の「環境信用証書」が以前にも増して厳密に調査されるようになったと述べている。彼は2006年のIMOニュース第4号に次のような意見を寄せている。
 
 現在、国際的なビジネスの世界において、環境や社会に十分配慮することが経営にとっても実は非常に理にかなったことであると考えている大手企業を見出すことは珍しくない。船主とオペレーターが共同かつ個々でそのブランド・イメージを守る必要があるという点で、海運業は他の業界と全く変わりない。事実、海運業界のほとんどあらゆる面で、・・・社会の広範な懸念に対する関心が増大しているのを認めることができる。・・・商業的成功は最も重要なものあろうが、賢明な人々は商業的成功を達成するために新しい道を開拓する必要をますます認識するようになっている。5
 
 船主やオペレーターは、一般大衆の目から見て海運業界の評判が悪いと不満を述べることが多い。一部の海運会社は、業界一般のイメージと、特に自社のブランド・イメージを改善する方策を求めている。船主やオペレーターがそのブランド作りとイメージを改善する一つの方法は、国際航行で利用される非常に重要な海峡において航行安全に対する企業の社会的責任という概念を取り入れることである。船主やオペレーターが海峡の航行援助施設を維持管理し、更新するために設立された基金に自主的な貢献を行えば、そのイメージを大幅に改善することができるだろう。さらに、それは安全性を高めるため、経営にとっても理にかなったものになるだろう。
 
海運業界による自発的貢献の先例
 
 航行援助施設を維持管理するために海運業界から自主的な貢献が行われた先例がある。一つの例はMENAS(中東航行援助サービス)である。6MENASば英国で登録された非営利の慈善団体である。MENASは全湾岸アフブ諸国に対して中東地域における航行援助施設の全てを維持管理している。理事会は政府代表者と海運会社の役員で構成されている。これまでの主な収入はペルシャ湾岸の港湾に寄航する船舶からの自主的寄付金で、その船舶の海運代理店から集められたものであった。現在MENASは浮標を維持管理する船舶を運航しているが、政府や企業からのその他の業務に対する契約も受注している。船舶の商業運航でMENASに多くの収益がもたらされたため、MENASは自主的寄付金(灯台使用料と呼んでいる)の金額を大幅に削減できる状態になっている。
 
 寄付金は湾岸諸港に寄港する船舶によって支払われるため、MENASの事例はもちろんシンガポール・マラッカ海峡の事例とは区別されるものである。しかし、MENASは、航行安全を向上させるために航行援助施設への自発的な貢献制度を船主が確立した一例であるため、重要である。
 
自発的貢献の見返りに海運会社が入手できるもの
 
 マラッカ・シンガポール海峡の航行援助施設のための基金に海運会社が寄付を行うよう要請されるとしたら、海運会社は合理的経営者であるならば当然の要求を行うと思われる。第一に、公平性の問題として、彼らは選ばれた数社だけではなく、できるだけ多くの海運会社に対し、海峡通航に際しての寄付を要請するよう、要求するだろう。第二に、彼らは基金への寄付が航行安全を向上させるのに必要不可欠なプロジェクトにのみ使われるという保証を求めるだろう。第三に、彼らは自主的に寄付した基金が厳密にどのように管理されているか定期的な情報提示を求めるだろう。第四に、彼らは基金の管理者が会計に関する最善の国際慣行に従い、基金が外部監査を受けるよう主張すると思われる。第五に、彼らは当海峡の航行安全を向上させるための最善な協力方法について、沿岸国が海運会社から確実に情報を受けることのできるメカニズムが確立されるよう主張すると思われる。最後に、企業がCSRに参加する主な理由の一つが、自社のブランド作りとイメージにとってよいということであれば、一部の企業、特に多額の寄付を行う会社の場合、自主的寄付を行った企業を公式に認識する方法を見出すよう基金の管理者に要求するかもしれない。
 
 海運業界の主たる懸念の一つは、マラッカ・シンガポール海峡の航行安全を向上させるための自主的寄付制度の確立が、世界のその他多くの地域で別の海峡にも踏襲される先例となることである。これは当然な懸念事項である。先例確立の懸念に対処する一方法は、沿岸国と主要利用国間でマラッカ・シンガポール海峡に対する基金調達メカニズムを国連海洋法条約第43条に基づく合意に従うものとして確立することである。さらに、IMO及び主要海運団体による正式な承認といったその他の条件を追加することもできるだろう。基金調達メカニズムがこのように確立されれば、危険な先例が確立されるという懸念はない筈である。
 
1 日本の貢献及びマラッカ海峡協議会の情報については、日本マリタイム・センターのウェブサイトwww.nmc.com.sg参照。
2 ウェブサイトwww.unglobalcompact.org参照。
4 ウェブサイトwww.mol.co.jp/csr-e/index.shtml参照。
5 IMOニュースはIMOウェブサイト上のニュース編集室で入手できる。www.imo.org参照。
6 MENASのウェブサイトwww.menas.org参照。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION