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資料2-2 マレーシアからのプレゼンテーション関係資料
(仮訳)
マラッカ・シンガポール海峡の安全性向上、環境保護に係るコストの分担:幾つかの基本的考え
モハマッド・ニザム・バシロン
マレーシア海事研究所(MIMA)
 
はじめに:負担分担と海峡
 
 マラッカ・シンガポール海峡における負担分担に関する論議は新しいものではない。研究者は、当海峡での協力を拡大する上での障害の一つとして「フリー・ライダー(タダ乗り)」という行動様式を強調してきた(Hamzah 1995)。サービスが無料で得られるなら、利用者は果たしてそのサービスに対する支払いを考えるだろうか。これはおそらく最近までの多くの海峡利用者の考えであった。しかし、当海峡のセキュリティに対する懸念により、沿岸国と海峡利用者の間で協力する機会が生じることとなった。これは最終的に、当海峡の航行安全を向上するプロジェクトを利用者が支援すると表明したコミットメントに繋がった。このコミットメントは必要とされるものには遠く及ばないという議論もあるが(Valencia 2006)、利用者のコミットメントという点で画期的な飛躍を示し、負担分担に関する沿岸国と利用者の認識のギャップを埋める役目を果たした。こうした進展はさておき、回答の必要な「古い」問題が依然多く存在している。即ち、誰が、何に対して、どのように、支払うかである。残念ながら、こうした問題が依然未解決のため、当海峡における負担分担や協力に関する論議では、こうした「古い」問題についても検討せざるを得ない。
 
 これまで日本だけが当海峡の航行安全のために貢献してきたというのは、しばしば言及される事実である。日本の貢献には、マラッカ海峡回転基金を設立するための資金や、統一基準点海図の作成、シンガポール海峡での浚渫、水路測量の実施などの特定プロジェクトのための資金が含まれている。日本が行った貢献が「二国間(bilateral)」と説明されるのは、一方では日本が、他方では沿岸国が、グループとしてまたは個別に、関与しているという意味である。「利用者」という用語の定義を拡大して、海運業界、保険ブローカー、荷主を含めようとする要求を考えると、現在の整理は範囲及び適用に不足があると判断されるかもしれない。当海峡の安全とセキュリティを維持するために利用者がより多くの貢献を行っている場合、利用者は貢献したものがどのように使用されるべきかについて、また間接的には当海峡がどのように管理されるべきかについて、より多くの発言権を要求すると見られ、すなわち「貢献した利用者が発言権を持つ」という一般原則が要求されることとなる可能性が強い。このことは、沿岸国が当海峡に対して有している既に限定的となっている支配権をさらに侵害し(Hamzah and Basiron 1996)、マラッカ・シンガポール海峡に係る沿岸国の主権という不可侵の概念に反するおそれがある。ではどうするか。本文書では、沿岸国が主催しIMOが支援した当海峡に関する2つの会議での最近の展開を検討し、主要関係者の役割を分析し、当海峡における将来の協力を明確にする幾つかの原則を特定することにより、海峡における新しい負担分担の取り決めに関する幾つかの基本的考えを概観している。
 
変化する主要関係者の役割
 
沿岸国
 
 マラッカ・シンガポール海峡の管理人としての沿岸国の役割は国際法に明確に定義されている。インドネシア、マレーシア、シンガポールは航行援助施設を提供し、分離通航方式を確立し、油流出管理計画を策定し、最近では当海峡のセキュリティ確保のための協力を行ってきている。「航行安全と環境保護に関する沿岸3ヵ国技術専門家グループ(TTEG)」は、こうした活動の多くに対して包括的な技術支援と意思決定機関としての場を提供している。当海峡における将来の協力または負担分担の体制で、TTEGは引き続き独自にこうした役割を果たしていくと予想される。TTEGは全沿岸国政府からの権限委任を受けているが、これはTTEGの作業が「支持され、奨励される」ことを求めたマラッカ・シンガポール海峡に関するジャカルタ声明で強化されたことである。他方、当海峡における協力の性質が拡大して航行安全以外の問題を含むようになれば、32年を経て、TTEGの役割が再定義、または拡大される必要があることも考えられる。TTEGが持つ協力に関する制度的な歴史と経験の豊かさは、当海峡における将来の協力措置にも十分役立つだろう。
 
利用者
 
 当海峡の航行安全に対する貢献者の数と貢献された金額が増大すれば、それに応じて貢献したものが使用される方法に対する利用者の「影響」または「発言」も増大することになると示唆するのは公正なことである。この事実は沿岸国によって認識されており、また、クアラ・ルンプール会議で合意された、意見交換及び協力活動に対する提案の論議の場となる「沿岸国・利用者フォーラム」を設立するという提案を見ても明らかなことである。しかし、こうしたフォーラムは行動よりも議論が多くなり、手に負えなくなるおそれがある。これに対処する一つの方法は、沿岸国・利用者の共同会議に提出される前に、意見や提案が議論され念入りに調査される場としての独立した利用者フォーラムを設立することである。マラッカ海峡協議会という形で、日本の利用者が意見を表明し情報を伝えることのできる「フォーラム」は既に存在している。マラッカ海峡協議会を再編成して全ての利用者で構成することとすれば、初期の意見を検討するための有益な場を提供できるだろう。利用者フォーラムは、当海峡とその多くの要素を管理する方法について公平で学術的な見解を提供する学識関係を含めることもできよう。こうした場の設定は、利用者に対し、マラッカ海峡に利害関係を持つ多くの様々なグループからの見解を統合する機会を与えるだろう。当海峡における航行安全と環境保護に関する「資金調達枠組み」を議論する「国際ドナー会議」を開催するという提案も行われている(Hussein 2005)。
 
IMO
 
 国際海事機関(IMO)はこれまでもマラッカ海峡で主たる関係者の一員であったし、今後も引き続きその役を果たすことは間違いない。これまでIMOは、当海峡の航行安全を向上させるため、分離通航方式やその他の施策の確立を促進してきた。近年のIMOは沿岸国と利用者間の合意形成に努める「仲人」の役割を果たしている。これはUNCLOS第43条を運用可能にするためシンガポール国立大学政策研究所とIMOが共同主催した1996年と1999年の2回の会議で始まり、マラッカ海峡に関する2005年のジャカルタ会議と2006年のクアラ・ルンプール会議に続いている。両当事者の合意を目指すIMOの役割を軽視してはならず、本問題に関するIMOの影響を過小評価してはならない。クアラ・ルンプール声明では、IMOに対して、「合意されたプロジェクトに対するスポンサーと、当海峡の航行援助施設の維持管理、修理、更新に対する貢献者を誘引するに当たって」沿岸国を支援する役割を引き続き果たし、沿岸国が「具体的ニーズを特定して優先順位をつけ、利用国が可能な援助を特定して具体的ニーズに対応するため」今後の会議を開催するよう、求めている。
 
今後の沿岸国と利用者の関係
 
 これまでの当海峡における沿岸国と利用者の間の関係は、沿岸国がサービスを提供し、航行のために海峡が開かれ、かつ、安全であることを確保し、日本を除く利用者がこうしたサービスを自らの利益のために利用するという、単純なものであった。こうした関係は、沿岸国が現在プロジェクト提案者の役割も引き受けているという点で幾分変化している。2006年に開催されたマラッカ・シンガポール海峡に関するクアラ・ルンプール会議で、沿岸国は4,200万米ドル以上の費用を要する6つのプロジェクトを提案して、利用者の検討を促した。これは沿岸国がただ苦境を述べる代わりに、実際に要求を数量化したという点で一歩前進である(Gold 2000)。今後は、ニーズに応じて、更なるプロジェクトの必要性が特定され、国際社会に提案される可能性がある。また、利用者自身が相互の検討のためプロジェクトを提案することもあり得る。こうした状況で、沿岸国が「物乞いには選択権がない」という貢献者主導の立場に「追い込まれる」べきではない。そこにおいて、提案されている両当事者間の対話メカニズムは、沿岸国と利用者の立場を調整する上で重要な役割を果たす。しかし、こうした取り決めでは、協力の持続可能性に関する重要な疑問が提起される。理論的には議論を無限に続けることは可能であるが、十分な行動と、更に重要なのは十分な貢献がなければ、対話メカニズムは単なる[おしゃべりの場」になってしまうというリスクがある。
 
 より実質的なことには、こうした会議から発せられた活動の持続可能性についても検証する必要がある。航行援助施設の更新など「1回限りの」プロジェクトに対する資金は獲得できるかもしれないが、こうした施設の維持管理・保守に必要となる長期にわたる資金調達は獲得できないかもしれない。例えば、マレーシアの航行安全に係るインフラ施設に対する1993年までの支出は総額約1,500万米ドルであったが、単年度の維持管理コストは200万米ドル以上であった。なお、この金額は、監視と取り締まり、捜索救難、汚染防止にかかる業務経費は除外してある(Ahmad 1997)。
 
 しかし、利用者からの貢献は、楽々と無条件に出てくるものではない。INTERTANKO(国際独立タンカー船主協会)のような機関は、進んで協力する意図を表明している(Wilkins 2006)ものの、同時に、向上された安全の対価を支払う前提として、コスト上昇を反映してWORLDSCALE(タンカー基準運賃)を見直すこと、メンバーを差別しないことを保証することが必要であるという見解も持っている(Marlow 1995)。さらに、資金の使用方法に関する透明性などの問題も生じると予期されるだろう。同様な「見返り」要求がその他業界グループまたは利用国から出ることも予想されるかもしれない。しかし、航行安全に対する日本の援助はこれまで条件が付いていなかったことに注目すべきである。また、中国も(津波被害を受けた/訳者注)航行援助施設の更新を援助する提案に関して何ら条件をつけていない。
 
誰が、何に対して、どのように支払うか
 
 これらは、マラッカ海峡の負担分担に関する大半の討議で持ち上がりながら、実際に解決されていない長年の問題である。以下の4つの問題に関して討議が行き詰まっていると認められているが、本シンポジウムの目的の一つは、それらに関する議論を更に進めることである。この4つの問題とは、(1)利用国の定義、(2)貢献のメカニズム−非公式で自発的なもの、または公式で強制的なもの、あるいは全ての利用者を含めたより広範な制度の一部とすべきか否かについて、(3)沿岸国と利用国に受け入れ可能な、貢献金を管理する金融管理システム、(4)最後に、こうした過程でIMOが果たす役割(Koh and Beckman 2001)である。これらは当海峡に関する今後の会議で扱う必要のある困難な問題であるが、ジャカルタ会議でもクアラ・ルンプール会議でもこれらの問題について大きな進展がなかった(Valencia 2006)ため、シンガポールで開催される沿岸国主催の第3次会議で、これらの重要問題に光を当てることができることを期待する。援助することを提案した中国は、それについて沿岸国と技術的検討を始めたが、その中国を除き、援助への関心を示したその他の国々については、その提案を進める次の処置を誰も取っていない。この状態は、沿岸国がプロジェクトのリストを出すのは容易だが、利用者がそれを拒絶するのも同様に容易である(Hamzah and Basiron 1997)という古い議論を思い起こさせるが、このケースの場合は、沈黙するのも容易であるということになろう。しかし、米国と日本がインドネシアに対してレーダーと巡視船を寄贈したことは注目すべきである(Taufiqurrahman 2007; Xinhua 2006)。もっとも、これらは、航行安全とセキュリティの両方の目的で使用される二重用途の機材であるが。確かに、マラッカ海峡に対する国際援助を獲得するのは長期に渡るプロセスであり、これまでに行われた進展は、それまでの長い間の立ち往生を考えると賞賛に値すると認められる。沿岸国も、沿岸国と利用者間の対話メカニズム及び資金調達メカニズムという、当海峡における今後の協力または負担分担に関する2つの土台を定義したことで進展が見られたと理解されている。おそらく2007年9月に予定されているマラッカ・シンガポール海峡に関するシンガポール会議で、これらの問題についてさらに光が当てられるだろう。
 
 どのように支払うかという問題がまだ残されている。資金調達メカニズムに関する沿岸国の提案が発表されるまで、メカニズムがどのようなものになるかという点に関する判断材料はほとんどない。現在のマラッカ海峡回転基金がモデルとなる可能性があると言われてきた。1981年に設立された回転基金は、油流出の際の沿岸国に対する支援を提供している。その創設に際し、日本は、運用のために合計4億円を寄付した。回転基金は「比類のないもの」(Teh Kong Leong 1997)と言われており、沿岸国が差し迫った油流出の脅威に対処するのを支援する上で貴重な財源(Choi Sing Kwok 2006)となっている。しかし、回転基金はあくまでも「バックアップ」基金に過ぎず、マラッカ海峡の油流出を管理するための第一番目の基金ではない。よって、回転基金は航行安全と環境保護を向上させるために設立される資金調達メカニズムの事例にはならないかもしれない。さらに、クアラ・ルンプール会議で要求された資金の額が沿岸国の必要とする資金を表しているとするなら、必要な金額は、現在の回転基金が保有する4億円よりかなり大きいものとなるだろう。


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