3. 栄養
「栄養」の課題は、一般的な育児の面でも大切なテーマとなっています。特にミルクが主となっている乳児期から、糊状食、キザミ食、普通食へと移行していく離乳食の時期がうまく乗り越えられるかどうかといった発達上の問題です。
もう一つのテーマは、自我が発達し、行動も活発になってくる1歳前後からの幼児期におとずれる、小食い、あそび食い、ムラ食いの悩みや、偏食といった育児上の問題のようです。これは障害がある子どもの場合も例外ではありません。障害があるゆえに発達がうまく進まず、育児上のつまずきを来しやすいことも事実です。発達の目安や発達障害の原因と対応の仕方を知ることで、「栄養」の課題も乗り越えやすくなることでしょう。
(1)栄養障害の原因と対応
食物摂取に最も関係の深い口辺機能の発達障害を有する子どもは脳性マヒ児に多く、その中でも緊張性不随意運動型(テンションアテトーゼタイプ)の子どもに共通した問題となっています。日々の生活の中では、食物や飲み物を口に入れることが難しいわけですが、せっかく飲んだミルクを吐きもどすこともしょっ中で、少しでも固い物が口に入ると、全身を緊張させ、顔を真っ赤にし、唇を紫色に変色させ、ものすごい勢いで咳こみ、食事を中断せざるを得なくなるということもたびたび出てきます。
ここで、「これで足りるのだろうか?」といった疑問が第一に投げかけられてきます。
第二の疑問は「バランスが悪い、栄養が偏っているのではないだろうか?」といった疑問です。口腔機能に障害があると、各種野菜や果物、海草類、魚類、肉類などはムセやすいとの理由で、どうしても避けられがちとなります。また、硬い物を咀しゃく(噛むこと)する高度の機能発達が滞っていますから、咀しゃくするかわりに、舌でおっぱいを吸うような口の動かし方で食べものをこなします。舌を上顎部(図1-7)に押しつけ、舌を口の前方に押し出すようにして食物をすりつぶして食べるといった方法で食べるようになります。この食べ方は、パクパクと口を動かす6ヵ月前の健常な赤ちゃんが離乳食を食べる時の口の動かし方と同じです。
6ヵ月を越える頃から、口腔機能に関係した原始反射が徐々に消失し、随意運動である咀しゃくができるようになります。原始反射にいつまでも支配されていると、同じパターンの口の動かし方になり、限られた物しか食べられません。随意運動段階になると、固形食でも自分の意志や選択通りにいかようにも微調整しながら噛みくだき、しかも、唇や舌、顎、歯などの動きを協調させながらの上手な食べ方ができるようになります。したがって、随意運動レベルまで発達すると何でも食べられるようになりますし、咀しゃくした物をうまく少しずつ喉に送りこみ、ゴクンと飲みこむことも上手にできるようになります。
表1-4 咀しゃく機能の発達
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哺乳期
(〜5ヵ月) |
離乳初期
(5〜6ヵ月) |
離乳中期
(7〜8ヵ月) |
離乳後期
(9〜11ヵ月) |
離乳完了
〜咀しゃく練習期
(12〜36ヵ月) |
特徴 |
チュッチュ
舌飲み期 |
パクパクごっくん
口唇食べ期 |
もぐもぐ
舌食べ期 |
かみかみ
歯ぐき食べ期 |
かちかち
歯食べ期 |
運動機能 (主たる動き) |
●哺乳反射 ●舌の前後運動 |
●口唇閉じて飲み込む ●舌の前後運動に顎の連動運動 |
●口唇しっかり閉じたまま顎の上下運動 ●舌の上下運動 ●顎の上下運動 |
●口唇しっかり閉じ咀しゃく運動 ●舌の左右運動 ●顎の左右運動 |
●咀しゃく運動の完成 |
咀しゃく能力 |
●咬合型呼吸
●液体を飲める |
どろどろのものを飲みこめる |
数回もぐもぐして舌で押しつぶし咀しゃくする |
歯ぐきで咀しゃくする |
歯が萌出するに従い咀しゃく運動が完成する |
調理形態 |
液体 |
ドロドロ |
舌でつぶせる硬さ |
歯ぐきでつぶせる |
歯でかみつぶせる位の固さ |
1回摂取量
(穀類:野菜:蛋白=100:40:30) |
ミルク
150〜200ml |
離乳食
10〜80ml |
〃
80〜150ml |
〃
150〜200ml |
〃
200〜300ml |
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図1-7 咀しゃく月齢の見方
(離乳初期)
(離乳中期)
(難乳後期)
(金子他「食べる機能の障害」医歯薬出版. 1987)
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図1-8 頭のコントロール
a 誤った姿勢
b正しい姿勢
図1-9 嚥下の3相(金子らによる)
ところが、脳性マヒの子どもの場合は、全身が後ろにのけ反り、頭を後方に倒している姿勢をとり続けていることが多く、この姿勢で食べ物を飲食することは容易ではなく、発達も遅滞します。お母さんも是非一度、頭を後方に倒して水か何かを飲みこんでみて下さい。とても苦しいものです。その理由は、図1-9のように、喉には食べ物を通す食道と、鼻や口から吸った空気を通す気道があります。人間は、顎を胸の方に近づけたような軽度前傾姿勢で食べ物を噛んだり飲みこんだりします。この姿勢の時は、気道は閉鎖され食道だけが開放されています。したがって、間違って気道に食べ物が入っていくということもなく、ムセて咳こむようなことはありません。咳をして出すという現象は大切なことで、咳ができる子どもはまだましな方です。むしろ、気管に入った食物を咳とともに出してしまうことができないで気道を通り肺や気管支の方に沈着していきますと、炎症を起こして肺炎や気管支炎を誘発します。誤飲性肺炎といいます。
人工呼吸をする時の姿勢を思い出してみて下さい。脳性マヒの子どもと同じ姿勢で頭を後ろに倒しています。この姿勢は、食べる時とは逆に、気道を開放し、食道の方が閉鎖され、効果的に空気が肺や気管支の方へ送りこまれる仕組みになっています。これで理由がおわかりと思います。人工呼吸の姿勢で食べさせることは避けなければなりません。
このように全身の筋緊張をうまく調整することが下手であったり、口腔機能の発達が遅れていると、いつまでもミルクやおかゆのような物ばかりしか食べられない状態が5歳、6歳になっても続いたりします。身長や体重、その他の諸機能はその子なりに成熟しますから、当然、ミルクやおかゆのような偏った食事では栄養も偏ります。成熟に伴って体は野菜や魚肉類等何でも必要とし、量的充足も必要とするようになってきます。「バランスが悪い、栄養が偏っているのではないか」と心配されるお母さんの疑問はもっともだと思います。
一方、知恵遅れや自閉的傾向のある子どもの一部に、噛まない、偏食、時には拒食があって困る、と相談されてくるお母さんもいらっしゃいます。離乳食の進め方、あるいは育児の何らかのつまづきから起こってくるようです。しかし、これらの不安や疑問はそのうち解消されます。一般的には、3歳から6歳頃にかけてお母さんが養育に慣れてくるに従って、その子なりの対応の仕方のコツを自ら獲得されてきますので、あまり問題にされなくなってきます。
身体機能、特に口腔機能障害と精神発達面の両方の障害を有していますと、なかなかお母さんの手におえないということも少なくありません。そのような時には専門家に相談し、具体的に食べたり飲みこんだりしやすい姿勢や発達に応じた食物形態、内容、食べさせ方などを教わるのも一つの方法です。同じ障害児を育てている先輩のお母さんがよい知恵を授けてくれるということもあります。一人で悩まずに、何らかの行動をとってみると道がひらけます。
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