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第5章. まとめと今後の課題
5-1 まとめ
(1)既往研究の成果、法令等
 既往研究、ノンステップバスの標準仕様等における、乗降装置、固定装置について整理した。
 
1)乗降装置
 停車時(ニーリング時)のステップの高さ25cmのノンステップバスから、高さ15cmの歩道縁石ヘスロープ(1m)を展開した際の勾配は緩やかになり(約5.7度、10%)、この程度であれば介助無しで自力使用も十分可能である。しかし、バス停に正着できない、又はバス停に歩道が無い場合(約14度、25%)は介助が必要で、電動車いすの登坂能力(10度)を超えた傾斜となり、介助者の負担や危険性も大きくなる。
 ワンステップバスについてはスロープが更に急勾配(部分的には20度近く)となり、車いす使用者の後方への転倒の危険が増し、さらにスロープとバス床面との境界部分に段差が生じる問題がある。
 国土交通省が平成15年3月にとりまとめた「次世代普及型ノンステップバスの標準仕様」では、スロープの幅は800mm以上、長さは1,050mm以下と規定されている。
 スロープは、手動式の引き出し式、又は可搬式が多く、脱輪防止のエッジのあるタイプとないタイプがある。
 
2)固定装置
 車内での車いすの固定は、急ブレーキ、衝突時等における事故防止のための安全性確保のために必要である。
 「次世代普及型ノンステップバスの標準仕様」では、「車いす固定装置は、短時間で確実に車いすが固定できる構造とする」と規定されており、具体的には次の2つの方式が推奨されている。
・3点ベルト式:床側3点、車いす側4ヵ所をベルトにより固定。
・後ろ向き乗車:背もたれ板を設置し、横ベルトで固定。
(いずれの方式も、付属のシートベルトを装着)
 しかし、3点ベルト式固定装置は、ベルトを車いすに掛けてから締めるまでの装着に時間が3分程度かかる。
 なお、「次世代普及型ノンステップバスの標準仕様」では、車いすスペースの位置は、車いすの方向転換のしやすさから、ノンステップバスの中扉正面が最も適していることを再確認している。
 車いす自体のJIS規格における強度は検討されているが、車いす使用者がそのまま自動車に乗車する際の強度については検討されていない。
 
注)JIS規格における車いすの耐荷重、耐衝撃試験内容は、例えば、手動車いすはキャスタ耐衝撃試験、車いす落下試験、電動車いすは、アームサポート下方耐荷重試験等となっている。
 
(2)車いすの乗降、固定装置全般に関する利用実態・ニーズの把握
 車いす使用者を乗降介助する際、乗務員が停止位置を確認してから車いすを固定するまでに、5〜6分かかっている。
 運転手の接遇・介助の改善点は、「車いすの取り扱い等運転手の教育を充実させてほしい」とする要望が80.2%と最も高い。
 
1)乗降装置
 車いす使用者の意見としては、「ノンステップバスでもスロープを道路に展開すると勾配が急になり危険を感じることがあった」、「介助に慣れていない乗務員がいると不安」等の意見がみられた。
 乗務員の意見としては、可搬型、引出し型等、車種別に統一規格となっていないため、慣れるためにも規格を統一してほしいという要望は多い。駐車車両により歩道に正着できない、又は歩道がない等の状況によりスロープが急勾配となる場合があり、特にワンステップバスにおいては介助中に危険を感じることもあることが明らかになった。
 
2)固定装置
 車いす使用者、乗務員ともに、ノンステップバスの構造上の改善要望として、「車いすの固定方法を簡単にしてほしい」約半数以上の者から改善点として挙がっており、固定、脱着時間の短縮が強く望まれている。
 乗務員アンケートにおける、乗務員が車いすの固定を断られた理由は、「(利用者が)固定に抵抗を感じるから(55.7%)」、「時間が気になるから(38.5%)」、「他の乗客の反応が気になるから(28.7%)」等である。
 
(3)改善方策の方向性整理
 課題の明確化のための実態調査を踏まえて、メーカー(車体、装置、車いす)における開発状況も視野に入れながら、ノンステップバスにおける利便性と安全性に優れた乗降装置、固定装置の改善方策の方向性を整理した。
 
1)考え方
(1)乗降装置
 ワンステップバスについてはスロープが急勾配となり、車いす使用者の後方への転倒の危険が増し、さらにスロープ上端部とバス床面との境界部分に段差が生じる問題がある。
 このため、本研究は高齢者・障害者が最も利用しやすいノンステップバスのスロープの長さ、耐荷重、脱輪防止策について、可搬型を中心に一定の解決方向を示すことが必要と思われる。
 可搬型、引出し型等、車種別に統一規格となっていないため、慣れるためにも規格を統一してほしいという要望は多い。駐車車両により歩道に正着できない、又は歩道がない等の状況によりスロープが急勾配となる場合がある。
 
(2)固定装置
 標準仕様の「車いす固定装置は、短時間で確実に車いすが固定できる構造とする」規定を達成できるように、車いす使用者に快適にバスを利用していただくために、安全面、操作面で優れた固定装置について研究し、いくつかの改善の方向性を示すことが必要と思われる。
 ノンステップバスの普及に合わせて、操作性、汎用性の向上した固定装置の開発を、福祉車両における技術等も取り入れながら検討していくことが望まれる。
 車いす使用者乗車中に衝突事故等が発生した場合の安全性について、車いすメーカーと一体となった検証が必要である。
 
(3)関係者への安全確保の啓発
 安全対策を強化するためには、バスメーカー、車いすメーカー、バス事業者(乗務員)だけでなく、利用者、道路管理者等全ての関係者の協調が期待される。
 
2)体験型委員会での検証
 委員等参加者の中から車いす使用者役、介助者役として乗車していただく体験型委員会(第3回委員会)を開催した。乗降装置、固定装置の評価、具体的改善策等のご意見等をご記入シートにメモしていただいた。使用した車いすは、手動だけでなく、複数タイプの電動車いすも対象とした。
 バスの利用環境を考慮し、歩道が設置されている場合と設置されていない場合の乗降装置(スロープ)の体験を行うため、一般的なマウンドアップの歩道の高さと同様とするため、15cmの台を設置した。体験者の意見としては、歩道がない場合は勾配が急となり、「脱輪するかもしれない」、「車いすが後退するかもしれない」という体験も確認できた。
 固定装置は、ノンステップバスの標準仕様に準拠した3点ベルト式(床側3点、車いす側4ヵ所をベルトにより固定)を対象とした。体験者からは、「車いすのどこにフックをかければ良いかわかりにくい」、「車いす使用者役として体験したが、固定に時間がかかりすぎて運行中のバスの停車時間としては長すぎる」等の意見が寄せられた。
 
3)改善方向性の整理
(1)乗降装置
 現状のスロープにおいて、次のような考えられる改善点を抽出した。
・電動スロープは機器の不具合により使用できない可能性があるため、現状使用されている引き出し型スロープの展開方法、可搬型スロープの設置手順の検討を行う。
・脱輪防止のためのエッジの取り付けを推奨する。
・道路断面によって事業者が適切な長さを選択できるようにする。
・車いす使用者と介助者の安全確保のために、スロープの耐荷重を検討する。
・確実に車体に装着できる(はずれない)フックについて検討する。
 
(2)固定装置
 路線バス以外の車いす固定装置等の事例のなかから、参考となる方式を挙げた。
・ワイヤー引き込み式:前後各2本、合計4本のフック付ワイヤーを床から引き出して車いすに掛け、手動または自動で引っ張ることにより車いすを固定する方式。
・連結タイプ:車両側と車いす双方に連結器を設置する等の可能性を検討する。車いす側は、バス乗車を前提とするユーザーが予め装着しておく。
・後向き・背もたれ板式、前向き(3点ベルト式等)兼用:1脚分の車いすスペースに進行方向前向き、後向きの両方式の固定に必要な装置を設置する。車いす使用者に進行方向前向き、後向きのいずれかを選択していただく。
 ノンステップバスの標準仕様においては、(2点式)シートベルトの装着が明記されている。車いす使用者の腰の適切な位置をサポートできるようにするシートベルトの設置について検討する。
 また、車いすスペースの広さを最大限に活用するための車いすスペースの座席の収納方法等についても検討する。
 
(3)車いす
 次の点を車いす側の改善の方向性として挙げた。
 車いす自体の強度にっいて、自動車に乗車することを前提とした検討が十分に行われていない。車いすの種類によっては、固定ベルトのフックが掛けにくい場合があり、車いすの種類が多様であることが、汎用性、かつ使いやすい固定装置の導入を困難にしている。
 シートベルトは、車いす使用者の腰の適切な位置をサポートできるように設置する必要があるが、多くの車いすは肘掛けの下をシートベルトが通らない構造になっている。
 
5-2 次年度の課題
(1)乗降装置、固定装置の改善
 車いす使用者の乗降時間短縮のために、日本自動車工業会、車いす業界団体等の協力も得ながら、乗降装置、固定装置の改善について継続して検討する。乗降装置、着脱が容易であること、勾配と道路環境とスロープの長さ、車いすの脱輪防止、滑りにくい材質等について、固定装置は、着脱が容易であること、衝突時の安全性確保、車いす側の固定箇所、シートベルトの設置方法等について検討する。
 今後は、ISO国際標準も視野に入れ、JIS原案の作成に向けた技術的要件の検討、JIS原案の申出に向けた関係者の合意形成を図っていくものとする。
 次年度は加速式スレッドによる固定装置(固定の状況を想定したモックアップ)の実験評価、技術提案を行う。
 
注)ISO/TC22における自動車側の検討と、ISO/TC173-10542: Wheelchair Tiedown and Occupant Restraint Systemsにおける車いす(自転車業界)側の検討をISOで調整することは困難な状況にある。
 
(2)衝突時の安全確保(固定装置の耐衝突衝撃試験の実施)
 安全性を考慮した場合、耐衝撃性能の妥当なレベル設定なしに、固定装置の仕様を決定することは困難である。
 次年度は、車いす固定装置の耐衝突衝撃性能の妥当なレベルを特定し設定するために実験を行う。その結果を得た後の段階として、耐衝撃レベルに応じて、どこまで固定を簡素化(操作を容易にする)できるかの検討を行う。
 自動車業界、車いす業界団体とも、過度の耐衝撃性を求められた場合、製品の剛性、コスト、仕様上の問題等が生じると考えられる。特に国内の車いすの多くは20G対応を求めて実験を行った場合、損壊することが想定される。頑強な仕様にした場合は重装備となり、利用者の使い勝手が極めて悪くなる可能性もあり、耐衝撃性の水準設定の際には十分な検討が必要となる。前述のように、シートベルトは車いす使用者の腰の適切な位置をサポートできるように設置することが重要であり、実験では車いすが損壊してもダミー人形は保護されるケースも想定される。
 
注)わが国においては自動車メーカーと車いすメーカーが共同で開発した車載用の20G対応車いすが、海外では、ISO7176-19自動車衝突時の衝撃耐久テストの安全基準をクリアした車いすがある。
 
(3)ノンステップバスの普及に対応した装置の運用
 ノンステップバス普及率の向上に伴い、車いす使用者の利用は急速に増加することが予想される。事業者は運転者に対して、乗降装置、固定装置の正しい使用方法について教育するとともに、必要に応じて運行管理者の添乗指導を実施することが望まれる。
 
(4)市民理解
 広く社会的な理解を深めて行くべき課題として、次のような点が挙げられる。
 バス停留所付近の路上駐車によりバスが停留所に正着(平行に接近する)できず、スロープが歩道に展開できない状況がある。そのためにも、バス停付近の駐車禁止、市町村等道路管理者におけるバス停構造の変更、また、乗客、市民が移動困難な方への支援を行う等の配慮が必要である。
 利用者側の心構えとして、車いす使用者が乗降を急ごうとした心理的な側面もあるが、特に後部に荷物を下げている場合などに転倒の事故が起きている状況を鑑みると、乗務員の指示に従い安全な乗降が出来るように準備することも重要であり、その点では乗務員教育だけでなく、健常者を含む利用者教育の視点を持って市民理解を広げることが重要である。


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