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市井(しせい)の昭和史
北方四島(しま)の記憶
北方領土元島民に聴く
 
■ごあいさつ
 戦後六十年を経て、風化しつつある戦争体験――。とりわけ北方領土問題に関しては、領土問題もあいまって、風化の進行がとりわけ激しいように見受けられます。
 私自身、北方四島にはこれまでさほどの関心を持っていたわけでなく、学生時代に北海道を旅した際、納沙布(のさっぷ)岬を訪れ北方の島々を遠望したくらいのものでした。そんな私が北方四島に関心を持ったのは、『四島(しま)を追われて』(千島歯舞(ちしまはぼまい)居住者連盟編)がきっかけでした。
 同書は、元島民の皆さんの寄稿で構成されています。漁業に携わる人たちの息吹、緊密で豊かな地域コミュニティ、ソ連侵攻の際の悲劇・・・。
 これらの手記は、私の北方四島認識を根底から覆し(くつがえし)ました。とりわけ私が衝撃を受けたのが、日本内地と何ら変わらない暮らしぶり。神社のお祭り、運動会、野菜の収穫、郵便制度――。
 今でこそ「北方領土」と呼ばれ、ロシアの占領下にある北方の島々はまぎれもなく日本の一部で、そこには日本人の営みが厳然として存在していたことを再発見したのです。こんな当たり前のことを今まで知らなかったことに、私は日本人として恥ずかしく思うとともに、いったい北方四島とは何だったのか、あらためて知る必要があると痛感しました。
 島民たちはどのような暮らしをしていたのか、島を追われた時はどのような状況だったのか、先祖伝来の土地を追われてどのような気持ちでいるのか――。こうした疑問に解を得るために、私たちは北方四島元島民からの聴き取り調査を実施しました。本書はその聴き取りをまとめたものです。
 元島民の方々の平均年齢は七十四歳になろうとしています。今残さなければならない記憶があります。
 記憶を紡ぎ(つむぎ)、語り継ぐ――これが後世に対する私たちの責務であり、先人たちへの祈りとなることを信じつつ。
 
平成一九年二月七日(北方領土の日)
NPO「昭和の記憶」 代表理事 盛池 雄歩(せいけ ゆうほ)
 
最東端納沙布岬から北方四島を臨む
 
■『北方四島(しま)の記憶』編纂・刊行にあたり
 聴き取り調査は、平成一八年九月二一日からの三日間、根室市内で実施しました。八人の方々のお宅を訪問し、約二時間ずつインタビューしました。
 インタビューにあたっては、事前に対象者の来歴を下調べし、どのあたりに重点を置くか決めましたが、現地でお話を聴くうちに思いも寄らない話が出てきたりして、当初予定していたテーマを変更することもありました。
 写真については、島を離れる経緯などから、お手元に保管されている方が少なく、今回は、資料館などに保管されている写真を資料として収集しました。
 編纂にあたっては、元島民の方たちの語りをできるだけ再現できるよう心がけました。口調、方言、言い回しなどについては、一部手を加え、文脈を整えることはありましたが、元々の語りを尊重することにしました。
 一部、現在の社会的了解事項という観点からは差別的であるとされる表現も含まれています。しかし、当然のことながらそこに差別を認め、あるいは惹起(じゃっき)する意図はありません。ただし元島民の方々の人生を尊重し、その語りに最大限の敬意を払うためには、そのまま採録することが妥当と判断した次第です。
 写真掲載にあたっては、いずれも昭和三一年以前の撮影であるため、本来なら著作権という点(新著作権法の適用範囲外)でも、また本書の使用目的(非営利、公益、教育をど)という点で解消していますが、記録・保存された方々への敬意を表し、可能な限りご関係の方々には目的のご説明とご理解をいただけるよう配慮致しました。
 同様に、今後私たちの成果が活用されることも期待しております。取材及び編纂方法についてご関心のある方は、事務局へご遠慮なくお問い合わせ下さい。
 尚、本書は一部一〇〇〇円でお頒け(わけ)しておりますが、教育的、公益的活動に携わる方には無償(送料など実費は自己負担)でご提供致します。その際は、お手数ですが、使用用途を所定の用紙(ホームページでも申請用紙を用意しております)にご記入の上、NPO「昭和の記憶」事務局にお送り下さい。
 
NPO「昭和の記憶」 事務局 今井 孝
 
 
■謝辞
 本書『北方四島(しま)の記憶』をまとめるにあたり、じつに多くの方々のお世話になりました。
 まず、千島歯舞諸島居住者連盟の小形峯雄さんはじめ事務局の方々にお礼申し上げます。今回聴き取りを行った方々のご紹介とコーディネーションでたいへんお世話になりました。
 根室市総務部北方領土対策室長・丸山一之さんには、北方領土問題についてわかりやすくご説明していただきました。
 北海道立北方四島交流センター「ニ・ホ・ロ」館長・泉博文さんには、同館での調査、資料収集にあたってご協力いただきました。また、同館にて解説員をされている鈴木咲子さん(択捉島出身)からは、島の暮らしについて、詳しく説明していただきました。
 根室市「歴史と自然の資料館」の猪熊樹人さん、大地みらい信用金庫・蜂須賀正則さんからは資料収集において、NHK釧路放送局・谷川太基ディレクターからは現地の状況についての説明を受け、大きな示唆を得ました。
 本取り組みの実現にあたり、ご支援いただいた日本財団様に御礼申し上げます。とくに、ご担当いただいた長谷川隆治さんには、聴き取り調査の際、根室までご出張いただき、熱心に私たちスタッフのサポートをしていただきました。
 皆様には、この場を借りて、感謝申し上げます。ありがとうございました。
 最後に、こうしたかたちで北方四島の記憶をまとめることができたのも、祖母、清水キン子からの聴き取りがあったからです。今思い起こしても懐かしい祖母の昔語りが、本取り組みの原点となりました。本書を祖母の墓前に捧げ、感謝の意を顕し(あらわし)たいと思います。(盛池雄歩)
 
○参考文献
『四島(しま)を追われて』(社)千島歯舞諸島居住者連盟
『思い出のわが故郷 北方領土』(社)千島歯舞諸島居住者連盟
『懐かしの千島』写真集「懐かしの千島」編纂委員会
『北方領土問題写真全集』北方領土問題審議会
『よみがえる四島(しま)』竹内春雄編著、北友社
『「たらく物語」その風土とくらし』富山清人編
『懐かしのねむろ』根室商工会議所、大地みらい信用金庫
 
 本書の他、橋本三治さんのまとめられた資料、外務省の資料など、さまざまな文献を参考にさせていただきました。


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